初めまして。量子研究所の新人の北川です。この3月に博士課程を修了し、4月から富士通の量子研究所にお世話になっております。大学ではダイヤモンド量子を用いた高感度磁場センシングの研究をしておりました。博士課程で培ったダイヤモンド量子の技術を活かし、産業に貢献したいという気持ちから、富士通の取り組みに興味を持ち、入社させて頂きました。
さて、私たちの研究チームと佐藤所長は2024年7月24、25日にグランドハイアット東京で開催されたQ2B24 Tokyoにて講演・展示を行いましたので報告します。
Q2Bとは
Q2Bは、2017年より開始された量子コンピューターのビジネス応用に関する国際会議と展示会です。参加者は、研究者、政府関係者、エンドユーザー、投資家など幅広く、ネットワークの形成には大変有益な会議です。2021年までは米国のSilicon Valley(SV)での12月の開催が主でしたが、2022年からは7月に東京、2023年からは3月にパリでも開催するなどスケールアップしています。東京での開催は今回で3回目となります。今年度の参加者は520名以上(主催者発表)と、昨年度の430名程度から20%程度増え、大変盛況しておりました。量子技術に対する注目度が高まっていることが表れています。議題は量子コンピューターがメインですが、量子センシング、量子コミュニケーションに関するトピックもあり、量子技術全般について議論が行われました。
富士通からの講演・展示
富士通の量子研究所は、2021年に米国シリコンバレーで開催されたQ2B21 SVより参加しております。今回が通算6回目の参加となります。特にTokyo開催のQ2Bは3年連続の参加です(昨年度もTech blogをリリースさせて頂いておりますので、宜しければそちらもご覧ください。)。今回も富士通は日本企業唯一のゴールドスポンサーとして参加し、量子分野での存在感を示しました。
会議で最も注目を集めるメインステージのセッションでは、量子研究所の佐藤フェローが登壇し講演しました。「Recent Highlights in Quantum Computing at Fujitsu」の題目で、昨年からの進捗を中心に富士通が取り組んでいるハードウェア、アーキテクチャ、アプリケーションといった量子コンピューティングの取り組みを網羅的に紹介されました(図1)。
展示ブースでは富士通が取り組んでいる量子コンピューティングハードウェアである、超伝導型量子コンピューターとダイヤモンドスピン量子コンピューターを展示しました。既にご存じの方もいらっしゃるかもしれませんが、富士通は2023年10月に理化学研究所と共同で64ビットの伝導導型量子コンピューティングシステムを公開致しました。今回のQ2Bではそちらのシステムで実際に使われているハードウェア部分の1/2スケールのモックアップを展示しました(図2)。見た目がシャンデリアみたいできれいですね(笑)。巷では量子シャンデリアと呼ばれているとかいないとか。。。。近くで見ると、非常に精巧に作られていて、エンジニアの工夫が詰まっているハードウェアであることがよく分かります。多くの人に立ち寄って頂き、超伝導型量子コンピューターの仕組み・富士通と理化学研究所の共同研究の取り組みについてご説明させて頂きました。また、ダイヤモンドスピン量子コンピューターは富士通がオランダのデルフト工科大学と共同で取り組んでいる研究テーマです。私自身がメインで担当しているテーマでもあります。富士通は2024年の1月に「Fujitsu Advanced Computing Lab Delft」をデルフト工科大学に設立し、両者の連携を一層強化していくことをアナウンスさせて頂きました[1]。比較的高温動作(数K)とモジュール化によるスケーラビリティを特徴とするダイヤモンド型量子コンピューターの研究開発の加速、早期の実用化を目指しています。今回のQ2Bでは、展示用モックアップを用いて動作原理や我々が想定しているモジュール型アーキテクチャに関して説明を致しました。次節で、その具体的な内容や富士通の最近の進捗について、簡単に紹介させて頂きます。
ダイヤモンドスピン方式の量子コンピュータ
ダイヤモンドスピン方式は、ダイヤモンド結晶中に形成された不純物を量子ビットとして用いる方式です。具体的には、ダイヤモンド中の色中心(窒素と空孔が隣接する窒素-空孔中心(NVセンタ)や空孔―スズー空孔が隣接するスズー空孔中心(SnVセンタ))の電子スピン、色中心の周囲の13C核スピンなどが量子ビットとして使われます。ダイヤモンドスピン方式の一つは数Kの比較的高温で動作可能であることです(超伝導型の場合、数10 mKまでの冷却が必要です)。ダイヤモンドは非常に堅牢な材料であり、ダイヤモンド結晶中に存在する量子ビットは真空中に孤立した状態に近い状態になります。実際、3.7 Kに温度において1秒を超えるコヒーレンス時間T2が報告されています[2]。もう一つの特徴は、スケーラビリティに優れることです。NVセンタやSnVセンタは、スピン量子ビットの情報を光量子ビットに変換できる性質があります。さらに光量子ビットの干渉を活用することで、複数の色中心の量子的な結合を実現できます。特に、SnVセンタは量子的な結合の生成に優れることが期待されています(量子的に区別がつかない光子を出しやすい性質があるためです)。これらの色中心と光回路を大量にチップ上に並べることで、スケーラブルな量子コンピューターを実現できます。
富士通とデルフト工科大学は、モジュール型アーキテクチャによって、ダイヤモンドスピン方式の実用化を目指しています(図3)。単位モジュールには、色中心の電子スピン、色中心の核スピン(14Nなど)および13C核スピンの合計10個程度の量子ビットが含まれます。また、量子ビットの操作に必要なマイクロ波回路も単位モジュールに含まれます。モジュール間は光回路により結合されます。
スケーラブルなモジュール型アーキテクチャを実現するために重要な要素の一つが、室温領域と極低温領域(数K)の間の配線を減らすことです。何千、何万と量子ビットを実装していく上で、そのビット数だけ配線があったのでは、構造が複雑になってしまいますし、極低温領域への熱の流入の量も増えてしまいます。そこで、富士通とデルフト工科大学は共同で、極低温冷凍機内に配置した極低温で動作する半導体集積回路(クライオCMOS回路)を用いてダイヤモンドスピン量子ビットを駆動する技術を世界で初めて実証しました[3,4]。これまで冷凍機外にあったバイアス磁場生成用のDC電流の生成回路とNVセンタの量子操作用のAC電流の増幅回路をクライオCMOS回路に集積しました。さらに、作製したクライオCMOSチップ上にNVセンタを配置し、量子操作が行えることを実証しました。
今後は、モジュール型量子コンピューターの実用化に向けた重要なステップである、光回路のオンチップ化や、単位モジュール間の光接続の実現に取り組んでまいります。
あとがき
今回、私としては人生で初めて展示員として会議に参加致しました。学生時代は学会の企業ブースを訪れて、お話を伺う機会がたくさんありましたが、説明をする側に回るのは今回が初めてです。Q2Bは、学会のように学術的な側面が重視される訳ではなく、ビジネス面を重視した会議です。参加者は非専門家が多く、改めて分かりやすく・シンプルに伝えることの重要性を認識しました。特にビット数や動作温度は極めて分かりやすい指標なので、強調して伝えるようにしました。中には、動作原理について鋭い質問をしてくる方もおり、少ししどろもどろになってしまいました。。。
世間的には超伝導方式や最近話題の中性原子の方式がメジャーな方式なので、ダイヤモンドスピン方式が目新しく感じた方も多くいらっしゃった印象です。あまり休む暇が無いほど、多くの人にブースにお越し頂き、喜ばしい限りです。
[1] 富士通とデルフト工科大学、量子技術を基盤とする先端コンピューティング技術の発展に向けた産学連携拠点を設置