こんにちは、コンバージングテクノロジー研究所の妙見です。近年、気候変動は大きな社会問題となっており、中でもライフスタイルに起因するCO2排出量を減らすには、個々人のエコアクション(以下、環境行動)の促進が喫緊の課題となっています。自分ごとになりにくい環境分野において、価値観とデジタル技術を用いた環境行動変容の技術実証にトライしたので、その内容をご紹介します。
はじめに
衣・食・住・移動など、私たちが普段の生活の中で消費する、製品・サービスのライフサイクル(製造、流通、使用、廃棄等の各段階)において生ずる温室効果ガスが、日本のCO2排出量の約6割を占めています [1]。また、環境問題について様々なメディアで取り扱われることも多く、節電・節水・エコバッグ利用等の、環境に配慮した行動が大事ということは、多くの人が理解しています。しかしながら、将来の地球環境を守るために、いま我慢して環境行動をしようと考える人は少ないため、環境分野は自分ごとになりにくいと言われています。 本実証では、『個々人の価値観を考慮した働きかけを行うことで、自分ごと となり環境行動を増やすことができる』という仮説を立てて、技術実証を行いました。
環境行動変容技術のポイント
環境行動変容に関する様々な研究では、個々人の価値観を考慮した働きかけが効果的であることが示唆されています。特に、VBN理論(Value-Belief-Norm Theory) [2] に基づく価値観分類(生物圏的価値観、利他的価値観、利己的価値観)を用いた、個々人への適切な情報提供により、個々人の価値観と信念・個人的規範のつながりが強化され、責任感・義務感が生じやすくなります。責任感・義務感は行動に直結する要因であるため、環境行動変容の促進に寄与する可能性があります。
富士通ではVBN理論を基に、社会心理学とデジタル技術を融合した、環境行動変容促進システムを開発しました。開発システムでは、価値観分類機能で分類した個々人の価値観に対して、予め分類しておいた環境記事の通知により認知させることで、環境問題を自分ごと化し、行動変容を起こします。
環境行動に影響する3つの価値観には関係性があり、生物圏的価値観と利他的価値観は近い関係にあります。逆に利己的価値観は、生物圏的・利他的価値観と遠い関係にあります。本実証では、その性質を考慮した検証を行いました。まずは、参加者を12問のアンケートで3つの価値観グループに分類します。さらに、個々人と同じ価値観に合わせた環境記事を提供するグループと、異なる価値観の環境記事を提供するグループの合計6グループに分けます。実証の中で個々人に定期的に環境記事を提供し、価値観の関係性がどう影響するかを検証しました。
実証実験の概要
■ 期間 : 2024年12月2日(月)~12月19日(木)
■ 対象者 : 川崎地域勤務の富士通従業員
■ 使用アプリ : 環境アプリGreen Carb0n Club(以下、GCC) [3]
■ 対象環境行動:
・ ゴミの分別、リサイクル
・ 不要な電気使用の削減
・ 不要な水使用の削減
・ エコバッグの利用
・ 1日1回環境問題について意識する
■ 実証内容 :
参加者は期間中の任意のタイミングで、自主的に対象環境行動を行い、行動実績をGCCに記録します。並行して、GCCの『価値観分類機能』と『パーソナル通知機能』により、個々人の価値観に合わせた環境記事を参加者に提供します。提供した環境記事と個々人の価値観の関係性により、環境行動を「自分ごと」として認識し、環境行動促進に寄与したかを、定量的な行動実績データで検証しました。
実証結果
■ 参加者数:178名(登録者数 317名、参加率 約56%)
■ 環境行動総数:788回
実証の結果、個々人の価値観に合った環境情報を提供したグループは、価値観に合わない環境情報を提供したグループと比較して、環境行動総数が約1.4倍に増加しました。さらに、参加者の価値観が同一であっても、提供情報と参加者の価値観の関係性が近い A1グループ は、遠い A2グループ と比較して、約1.6倍 の平均環境行動数を記録しました。これらの結果から、個々人の価値観に合わせた情報提供は、環境行動が約40%増加する可能性があり、逆に価値観の関係性が遠い情報を提供すると、環境行動が減少する可能性があります。そのため、個々人の価値観を正確に把握することは、環境行動変容を促す上で極めて重要であると考えられます。
今後の取組み
直近の取組みは、環境省が推進する「脱炭素につながる新しい豊かな暮らしを創る国民運動(デコ活)」 [4] のプロジェクトであるThe POSITIVE ACTION Initiative(以下、PAI) [5] において、個々人の環境行動によるCO₂削減量の可視化に向けた、PAI実証実験 [6] を行います。
2025年度以降は、本実証実験とPAI実証実験を通して効果が確認された機能の本格的な実装と、並行して自治体や企業向けGCCサービスとしての価値確認、事業化の可能性を検証します。取組みの推進により、最終的に本技術が社会課題解決の一助となり、市民や従業員の環境行動促進、CO₂排出削減に貢献することを目指します。
出典・参考文献
[1] COOL CHOICE ウェブサイト(https://ondankataisaku.env.go.jp/coolchoice/about/action_required.html)
[2] Toward a Coherent Theory of Environmentally Significant Behavior. Paul C. Stern (2000)
[3] 環境アプリGreen Carb0n Club(https://carb0n-club.com)
[4] デコ活(https://ondankataisaku.env.go.jp/decokatsu/)
[5] The POSITIVE ACTION Initiative(https://www.env.go.jp/press/press_01644.html)
[6] PAI実証実験(https://pr.fujitsu.com/jp/news/2025/02/25.html)