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Materials Informatics特集 #3:第72回応用物理学会春季学術講演会で機械学習ポテンシャルによる大規模・長時間分子動力学シミュレーション技術を発表しました - fltech - 富士通研究所の技術ブログ

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Materials Informatics特集 #3:第72回応用物理学会春季学術講演会で機械学習ポテンシャルによる大規模・長時間分子動力学シミュレーション技術を発表しました

はじめに

こんにちは、富士通研究所 コンピューティング研究所の吉本勇太です。私たちは、コンピューティングとAIを活用し、材料探索を加速する技術の開発に取り組んでいます。

私たちが開発したニューラルネットワークポテンシャルの自動生成ツールGeNNIP4MD (Generator of Neural Network Interatomic Potential for Molecular Dynamics) を用いた研究成果が、第72回応用物理学会春季学術講演会に採択され、2025年3月に東京理科大学野田キャンパスにてポスター発表を行いました。今回のMaterials Informatics特集 #3では、発表した高分子電解質膜向けニューラルネットワークポテンシャルに関するポスターの内容についてご紹介します。なお、前回のMaterials Informatics特集 #2では、APS March Meeting 2025での機械学習ポテンシャルの研究動向をご紹介しましたので、ご興味がある方は以下からご一読ください。

応用物理学会学術講演会とは?

応用物理学会学術講演会は、応用物理学および関連分野の研究成果を発表・議論する、国内最大規模の学術講演会です。年2回(春と秋)開催され、約6,500名が参加し、約3,500件の講演と活発な討論が行われます。講演会(口頭・ポスター発表)に加え、企業の展示会も開催されます。第72回春季学術講演会は、東京理科大学野田キャンパスとオンラインのハイブリッド形式で、2025年3月14日から3月17日までの4日間にわたって開催されました。

図1 ポスターセッションの様子

図2 企業の展示会の様子

発表内容

今回、合同セッションN「インフォマティクス応用」にて、GeNNIP4MDを用いて作成した高分子電解質膜向けニューラルネットワークポテンシャルの評価結果をポスターで発表しました。

図3 発表したポスター

1. はじめに

機械学習原子間ポテンシャルを用いた分子動力学(Molecular Dynamics, MD)シミュレーションは、電子状態計算に近い精度を維持しながら、より大規模な系の原子レベル解析を可能にする手法として注目されています。特に近年、ニューラルネットワークポテンシャル(Neural Network Potential, NNP)の開発が活発であり、電池材料や触媒などのシミュレーションに活用されています。密度汎関数理論(Density Functional Theory, DFT)に基づく手法と比較して、NNPは大規模・長時間シミュレーションに適用できるという大きな利点がある一方、従来の古典ポテンシャルに比べると、NNPを用いた大規模・長時間シミュレーション実行時の安定性が低く、シミュレーションが途中で破綻してしまうという問題がありました。ポリマー材料や欠陥を含む不均質構造の解析では、大規模かつ長時間のMDシミュレーションが不可欠ですが、大規模・長時間シミュレーションを安定して実行可能なNNPの構築方法はまだ発展途上であり、長時間スケールでの動的特性評価が困難であるという課題が残されています。

富士通は、大規模・長時間MDシミュレーションに適用できるロバストなNNPを簡便かつ効率的に生成するソフトウェア GeNNIP4MDを開発しました [1]。本研究では、GeNNIP4MDを用いて、固体高分子形燃料電池の電解質膜として広く使用されているナフィオン膜を対象としたNNPを構築しました [2]。GeNNIP4MDの詳細については、以下のFujitsu Tech blogのMaterials Informatics特集 #1や、参考文献 [1]をご参照ください。

2. ナフィオン膜向けニューラルネットワークポテンシャルの構築

高精度なNNPモデルの構築には、多様な構造を含む訓練用データセットが不可欠です。今回、NNP訓練用の小規模構造として、含水率の異なる複数のナフィオン系および水系を使用しました。初期データセットの作成では、ナフィオン膜の多様な構造を網羅するように、様々な含水率の条件で第一原理MDシミュレーションを実行し、原子配置とエネルギー、原子に作用する力を取得しました。

さらに、GeNNIP4MDに搭載されている能動学習機能を活用し、データセットの拡充によるNNPの高精度化を図りました。なお、NNPモデルにはDeep Potential [3]を使用しました。具体的には、NNP-MDシミュレーションにより新規構造を生成し、力の予測値の不確かさに基づくスクリーニングと、構造特徴量に基づくスクリーニングを実行することで、NNPの精度向上に大きく寄与する候補構造を絞り込み、ラベリングに必要なDFT計算の回数を抑えることができました。特に、構造特徴量に基づくスクリーニングでは、最小原子間距離を考慮した特徴量空間上で候補構造をスクリーニングすることで、原子間距離が短く平衡状態から離れた構造を効率的にデータセットに追加し、NNPのロバスト性を高めることができました。この手順を繰り返すことで、NNPは未知の構造に対する予測精度を向上させ、よりロバストなモデルへと成長します。特に、ナフィオンのような複雑な構造を持つ材料では、様々な局所構造や水素結合ネットワークが存在するため、能動学習によるデータセット拡充が非常に重要となります。

最終的に得られたNNPを用いることで、最大19,760原子から成る大規模ナフィオン系のNNP-MDシミュレーションを30ナノ秒以上の長時間にわたって安定に実行することに成功しました。これは、第一原理MDシミュレーションでは不可能であった、ナフィオン膜の長時間スケールでの動的特性の解析を可能にするものです。また、私たちのシミュレーションでは、幅広い含水率にわたって、水素原子の自己拡散係数の実験値 [4,5]を従来の第一原理MDシミュレーション [6,7]よりも高精度に再現できることを確認しました(図4)。これは、構築したNNPが、ナフィオン膜中のプロトン伝導メカニズムを正確に捉えていることを示唆しています。自己拡散係数は、燃料電池の性能を左右する重要なパラメータであり、高精度なシミュレーションによる予測は、高性能な電解質膜の開発に貢献することが期待されます。さらに、得られたNNPは、ナフィオン膜の構造特性やプロトン伝導メカニズムの解明だけでなく、燃料電池の性能向上に向けた新たな材料設計指針の確立にも貢献できると期待されます。

図4 様々な含水率における水素原子の自己拡散係数の比較

まとめと展望

本研究では、富士通が開発したGeNNIP4MDを用いて、固体高分子形燃料電池の電解質膜として広く使用されているナフィオン膜を対象とした高精度なNNPを構築しました。能動学習によるデータセット拡充により、大規模かつ長時間のシミュレーションを安定に実行可能なNNPを作成し、幅広い含水率における水素原子の自己拡散係数を高精度に再現することに成功しました。

今回の成果は、NNP-MDシミュレーションが、ナフィオン膜の構造特性やプロトン伝導メカニズムの解明に有効であることを示すとともに、燃料電池の性能向上に向けた新たな材料設計指針の確立に貢献できる可能性を示唆しています。

今後の展望として、今回構築したNNPを用いて、ナフィオン膜のより詳細な構造解析や、プロトン伝導メカニズムの解明を進めていく予定です。

参考文献

[1] Matsumura, N. et al., Generator of Neural Network Potential for Molecular Dynamics: Constructing Robust and Accurate Potentials with Active Learning for Nanosecond-Scale Simulations. J. Chem. Theory Comput. 2025, 21, 3832–3846.
[2] Yoshimoto, Y. et al., Large-Scale, Long-Time Atomistic Simulations of Proton Transport in Polymer Electrolyte Membranes Using a Neural Network Interatomic Potential. arXiv:2503.20412, 2025.
[3] Zeng, J. et al., DeePMD-kit v2: A software package for deep potential models. J. Chem. Phys. 2023, 159, 054801.
[4] Zawodzinski, T. A. Jr. et al., S. Determination of Water Diffusion Coefficients in Perfluorosulfonate Ionomeric Membranes. J. Phys. Chem. 1991, 95, 6040–6044.
[5] Ochi, S. et al., Investigation of Proton Diffusion in Nafion®117 Membrane by Electrical Conductivity and NMR. Solid State Ion. 2009, 180, 580–584.
[6] Choe, Y.-K. et al., Nature of Proton Dynamics in a Polymer Electrolyte Membrane, Nafion: A First-Principles Molecular Dynamics Study. Phys. Chem. Chem. Phys. 2009, 11, 3892–3899.
[7] Devanathan, R. et al., Ab Initio Molecular Dynamics Simulation of Proton Hopping in a Model Polymer Membrane. J. Phys. Chem. B 2013, 117, 16522–16529.

お問い合わせ

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  • 連絡先:fj-mi-tech-contact@dl.jp.fujitsu.com
  • お問い合わせ内容:資料請求、技術紹介、PoC検証(技術の試用、自社材料への適用を希望される方)など、様々なご要望に対応いたします。