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Materials Informatics特集 #8: 【事例紹介】GeNNIP4MDを用いたプロピレングリコールの誘電特性の計算 - fltech - 富士通研究所の技術ブログ

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Materials Informatics特集 #8: 【事例紹介】GeNNIP4MDを用いたプロピレングリコールの誘電特性の計算

はじめに

こんにちは、富士通コンピューティング研究所 Materials Informatics Projectの山﨑です。我々のプロジェクトでは、その名の通りMaterials Informatics(MI)の研究開発を行い、材料技術に関するお客様の課題を解決することを目的して活動しております。

今回のMaterials Informatics特集では、私たちの開発している分子動力学シミュレーション向けニューラルネットワーク力場(Neural Network Potential, NNP)を作成するツールGeNNIP4MD[1]を用いて東京大学様およびJSR株式会社様が実施されたプロピレングリコール(Propylene glycol, PG)の誘電特性の計算事例[2]を紹介します。

・PGの計算事例: Transferability of the chemical-bond-based machine learning model for dipole moment: The GHz to THz dielectric properties of liquid propylene glycol and polypropylene glycol | Phys. Rev. B

こちら事例では、液体のPGの双極子モーメントと、双極子モーメントから得られる誘電関数を、NNPを使用した分子動力学(Molecular dynamics, MD)シミュレーションにより計算しています。GeNNIP4MDにより生成されたNNPは、安定した長時間のMDシミュレーションが実施可能です。周波数は時間の逆数で定義されるため、GeNNIP4MDによる長時間のMDシミュレーションの実現により、従来は困難であった低周波の誘電関数を評価することができました。MDによる評価結果は高周波から低周波の成分まで実験値と非常によく一致しておりGeNNIP4MDの有効性が確認できる結果となっております。

この記事ではさらに、なぜ従来の第一原理計算によるab initio MD(AIMD)や古典力場を用いたMDでは不十分で、GeNNIP4MDで作成されたNNPモデルが必要となるのかを解説します。 GeNNIP4MDの用途や有効性が気になる方は、是非最後まで読んでいただければと思います。

双極子モーメントと誘電関数

はじめに、この論文で求めたい誘電関数と双極子モーメントについて簡単に紹介します。 誘電関数は、材料が外部電場に対してどのように応答するかを示す指標であり、材料の分極率や電磁波の吸収特性など、誘電特性を包括的に表します。双極子モーメントは、その誘電特性の根源となる分子レベルでの電荷分布や分極状態を反映するため、双極子モーメントと誘電関数を解析することで、材料の誘電特性を理解し、予測することが可能になります。特に、論文で扱っているPGといった誘電体材料においては、誘電特性は電気絶縁性やエネルギー貯蔵特性などの重要な物性と関連するため、材料設計や応用において重要な情報となります。

双極子モーメントは、系全体での電荷の分布を表す物理量です。これは、正の電荷と負の電荷の差分を計算することで得られます。正の電荷は原子核によって形成され、負の電荷は価電子によって形成されます。

MDシミュレーションから得られるトラジェクトリー内の原子の位置と電荷の分布を用いて、系全体の双極子モーメントを時間経過に沿って計算できます。そのようにして求めた双極子モーメントの時間変動データから、双極子モーメントの自己相関関数を計算し、それをフーリエ変換することで、物質の電気的な応答を表す誘電関数が得られます。 したがって、双極子モーメントと誘電関数を正確に計算するには、MDシミュレーションで得られるトラジェクトリー内の原子の位置と電荷の分布の精度が重要となります。

従来手法の限界

これまでにもAIMDや経験的な古典力場を用いたMDによって、誘電関数は計算されてきました。しかし、それぞれにデメリットが存在しています。 古典力場は固定電荷モデルを使用しているため、局所的な分極を考慮できないので、精度が悪く誘電関数のピーク位置や強度がずれてしまいます。 AIMDは第一原理計算に基づく計算手法であるためその計算精度は非常に高く、高周波帯では実験値と一致する結果が得られています。しかしながら、計算コストが高いため長時間のシミュレーションが難しいため、AIMDで低周波の誘電関数評価に必要な長時間のシミュレーションを実行することは困難です

GeNNIP4MDを用いた機械学習力場の作成

NNPは、従来手法である第一原理計算と古典力場の精度と計算コストの課題を解決する手法として注目されています。 NNPモデルの訓練誤差は1meV/atom程度であり[3]、代表的な第一原理計算手法である密度汎関数理論(Density Function Theory, DFT)による計算誤差と同程度となっています。 また、計算速度に関しては、古典力場と比べると数倍から数十倍程低速ではあるものの、第一原理計算に比べると数桁倍以上早くなることが分かっています[4][5]。

NNPを作成するためには、訓練データの用意やNNPモデルの訓練といっさ様々な手順を実施する必要があります。私たちは、その煩雑な手順を介したNNPモデル生成の課題を解決するため、訓練データを効率的に生成し、NNPモデルを自動で訓練するGeNNIP4MDを開発しています。 GeNNIP4MDで作成されるNNPモデルは、様々な温度や圧力条件のデータで訓練されるため、ロバスト性の高い安定した大規模・長時間のMDシミュレーションを実現できます。 GeNNIP4MDの詳細については、下記の記事かarxivに公開されている論文[1]を参照していただければと思います。

blog.fltech.dev

arxiv.org

今回紹介する論文では、GeNNIP4MDを活用して以下の手順でNNPモデルを作成し、誘電関数の計算を行いました。

  1. 初期構造の準備: Packmol[6]パッケージを用いて、PGとPG2分子をランダムに配置した構造を作成し、AMBER力場[7]を用いて構造緩和
  2. GeNNIP4MDを用いたNNPモデルの訓練: GeNNIP4MDの能動学習(Active learning, AL)機能を用いて、300K, 600K, 800KのNPT, NVTアンサンブルで実行したトラジェクトリーから訓練データをサンプリングし、ロバストなNNPモデルを訓練
  3. MDシミュレーションの実行: 作成されたNNPモデルを使用して、20ナノ秒のMDシミュレーションを実行
  4. 物性値の計算: MDシミュレーションのトラジェクトリーから双極子モーメントと誘電関数を計算

実験結果

図1:論文中の図8。(a) 3つの異なる温度(240 K(緑)、270 K(青)、300 K(赤))のPGの誘電関数。(b) 300Kの誘電関数を系全体(赤)と分子内の成分(緑)、および分子間成分(青)に分けた結果。

図1は、PGの誘電関数の実験値と、GeNNIP4MDのアクティブラーニングによって生成された訓練データを用いてDeePMD-kitで作成したNNPを用いたMDシミュレーションによる計算結果を比較したものです。左の(a)が異なる温度の誘電関数を計算結果と実験値で比較した結果で、右の(b)がMDで計算された300Kの結果を分子内の成分と分子間の成分に分割して書いたものとなっています。

NNPによる計算結果は、低周波数帯から高周波数帯まで実験値とよく一致していることが分かります。 高周波数帯(>1 cm-1)で現れる分子振動に由来する複数のピークについて、計算結果は、実験で観測されたピークの位置をおおむね再現しています。 また、従来のAIMDでは計算コストの制約から困難であった低周波数帯(<1 cm-1)において、周波数が下がるほど分子間成分が増加する誘電緩和と呼ばれる現象が観測されますが、計算結果はその傾向を捉えています。また、温度変化に伴うピーク位置のシフトも再現できています。 これらの結果から、GeNNIP4MDで作成されたNNPモデルは、長時間のシミュレーションにおいてもロバスト性と高精度を維持することが分かります。

まとめ

今回は、東京大学様とJSR株式会社様によるプロピレングリコールの誘電特性の評価事例を紹介させていただきました。この事例では、GeNNIP4MDで作成したNNPモデルを用いることで長時間のMDシミュレーションを実現した結果、従来のAIMDや古典力場を用いたMDでは困難であった低周波数帯での誘電関数の高精度な評価を実現しました。今後も、NNPの開発と応用は材料科学の分野で重要な役割を果たすと考えられます。富士通は、NNPを効率的に生成するソフトウェアGeNNIP4MDを進化させ続け、より多くの研究者や企業の材料探索プロセスを加速し、革新的な材料の開発を支援していきます。

お問い合わせ

GeNNIP4MDにご興味をお持ちの方は、以下の連絡先までお気軽にお問い合わせください。

連絡先:fj-mi-tech-contact@dl.jp.fujitsu.com お問い合わせ内容:資料請求、技術紹介、PoC検証(技術の試用、自社材料への適用を希望される方)など、様々なご要望に対応いたします。

参考文献

[1] N. Matsumura et al. Generator of Neural Network Potential for Molecular Dynamics: Constructing Robust and Accurate Potentials with Active Learning for Nanosecond-scale Simulations. arXiv preprint arXiv:2411.17191 (2024). https://arxiv.org/abs/2411.17191.

[2] T. Amano, T. Yamazaki, et al. Transferability of the chemical bond-based machine learning model for dipole moment: The GHz to THz dielectric properties of liquid propylene glycol and polypropylene glycol. Physical Review B, 111.16 (2025).

[3] J. Zeng et al. DeePMD-kit v2: A software package for deep potential models. J. Chem. Phys. 159 (2023).

[4] H. Wang et al. DeePMD-kit: A deep learning package for many-body potential energy representation and molecular dynamics. Computer Physics Communications 228 (2018).

[5] X. Fu et al. Forces are not Enough: Benchmark and Critical Evaluation for Machine Learning Force Fields with Molecular Simulations. TMLR (2023).

[6] L. Martínez et al. PACKMOL: A package for building initial configurations for molecular dynamics simulations, Journal of Computational Chemistry 30, 2157 (2009).

[7] J. Wang et al. Development and testing of a general amber force field, Journal of Computational Chemistry 25, 1157 (2004).