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Policy Twin: 革新的な施策立案技術で社会をデザイン ~ソーシャルデジタルツインを強化する新技術~ - fltech - 富士通研究所の技術ブログ

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Policy Twin: 革新的な施策立案技術で社会をデザイン ~ソーシャルデジタルツインを強化する新技術~

 こんにちは、コンバージングテクノロジー研究所の鈴木・久留米です。私たちの研究グループでは、自治体や国が行う施策立案を飛躍的に進化させる「Policy Twin」技術を開発しています。

 皆さんは、「デジタルツイン」というキーワードを聞いたことはあるでしょうか?デジタルツインとは、仮想空間上に現実空間の双子(ツイン)を構築してシミュレーションする技術の総称であり、製造業・スマートシティなどの様々な領域で活用されています。私たちはそれに留まらず、デジタルに人・社会を再現して、社会課題を解決できるようにするための「ソーシャルデジタルツイン」1,2 技術を開発してきました。そしてさらに深化させ、社会設計の根幹をなす「施策(Policy)」そのものをまるごとデジタルツイン化するという、一歩進んだ挑戦をしています。それが、私たちが開発している「Policy Twin」技術です。

 今回は、この革新的なPolicy Twin技術の全貌と、実際の自治体での技術適用の内容を、皆さまにご紹介したいと思います。施策をデジタル空間上で自由に試すことで、私たちのリアルな社会もより良いものへと進化していく、そんなワクワクする新たな社会設計の可能性にご期待ください!

富士通のPolicy Twin技術

Policy Twin技術って、一体何なの?

 現代社会は気候変動や感染症、自然災害といった地球規模の課題に加え、少子高齢化や地域格差の拡大など、解決すべき複雑な問題が多く存在しており、国や自治体による的確な施策立案がこれまで以上に強く求められています。しかし実現は容易ではありません。施策の効果を事前に算出することはとても難しく、まだまだ経験や過去の慣習に頼らざるを得ないケースが少なくないのです。

 私たちは、こうした課題を解決するため、エビデンスに基づく施策立案支援技術「Policy Twin」を開発しました3,4。Policy Twinは、「どのような対象者にどのようなサービスを提供するか」といった、多くの施策に共通する一連の流れに着目し、施策そのものをデジタル空間に再現する新しいアプローチです。

どうやってそれを実現させているの?

 Policy Twinが持つ3つの主要なプロセスを図1に示します。まず様々な国や自治体の既存施策をデジタル化します。また、デジタル化したこれらの既存施策を組み合わせることで、今まで誰も思いつかなかった新たな施策候補を自動生成します。最後に、費用や人的資源といった限られた社会リソースの制約条件を考慮し、デジタル空間上でシミュレーションと評価を行うことで、施策の効果や影響を事前に検証する「デジタルリハーサル」5 を実現し、施策立案の高度化を実現します。

図1 Policy Twinの概要

Policy Twin技術の詳細

 ここからは、Policy Twinがどのように施策立案をサポートするのか?その全体の流れとそれを支える技術について、もう少し詳細にご紹介していきます。

施策のデジタル化

 Policy Twinが目指す、高度な施策立案。その重要な基盤となるのが、様々な領域で実施されている施策を「機械可読な形式」へとデジタル変換することです。私たちは世の中の膨大な施策を効率的に機械可読な形式にするため、大規模言語モデル(LLM)などの高度な自然言語処理技術を用いた独自技術を開発・適用しています。これにより、これまで形式や詳細度がバラバラだった多種多様な施策文書情報が統一され、様々な数理的処理を施すことができるようになり、新たな可能性を拓きます。

新規施策候補の自動生成

 私たちの取り組みは、既存の施策をデジタル化するだけに留まりません。そこからさらに一歩進んで、「受容性」や「説明可能性」に優れた、多様な新しい施策候補を自動で生み出す独自のアルゴリズムを開発しました。このアルゴリズムによる生成技術を活用することで、高度な専門知識や複雑な分析スキルに頼らずに、各自治体の状況にフィットした納得感のある施策をこれまで以上にスムーズに検討できるようになります。

より詳しく

 私たちの開発したアルゴリズムは、既存施策との関連性や現場の知識・経験との整合性を深く考慮する点を特長とします。これにより、実際の現場導入を見据えた実践的な施策を自動生成する術を世界へ先駆け確立しました。具体的には、蓄積された多数の既存施策をより小さな「構成要素」に分解し、それらを柔軟に再構成することで、実績のある施策に基づいた、斬新かつ現場で受け入れやすい新たな施策候補を自動生成します。

図2 新規施策候補の自動生成
参考論文中6での処理ステップ : 施策を決定木とみなし,以下の手順で新規施策候補を生成する。まず図左に示すように,過去に実施された施策や他自治体の実績ある施策など,既存の施策を蓄積する。施策1,2 がこれらの既存の施策に相当する。次に図中央に示すように,蓄積された施策を,開始点から各サービスに至るまでのパスに分解する。中央上が施策1 から分解されたパス群,中央下が施策2 から分解されたパス群を示す。最後に図右に示すように,分解したパスの中から組合せ可能なパスを探索(パス群の先頭から深さ方向に順次ノードを探索し,Yes/No の分岐が異なるパスを組合せる)し,それらを合成することによって新規施策を再構成する。分解されたパスのうち,緑色のパスから新規施策候補1 ができ,青色のパスから新規施策候補2 を生成する。

施策のシミュレーション

  「一体この施策候補が、実際にどれほどの効果をもたらすのか。」Policy Twinではこの問いに対し、シミュレーションを行うことで答えを導き出します。例えば、個人の特性を表すデータサンプルなどをデジタル化した施策フロー上に流し込みます。これにより、施策が対象者や組織にもたらす効果(KPI:重要業績評価指標)を事前に検証することが可能です。例えば、各サービスに至る人数や、それに基づく予算・リソースの逼迫率、さらには対象者のQOL(生活の質)や満足度など、施策検討の参考となる多様な情報が結果として得られます。このシミュレーションを通じて、限られたリソースの中で「どの施策が最も効果的か」「どのような課題が発生しうるか」をデジタルリハーサルすることで、より確実で、無駄のない最適な意思決定を支援できます。

ユースケース

このPolicy Twinは、実際にどのように役に立つの?

 今回は、私たちの開発したPolicy Twinの有効性を検証するため、とある自治体と協力し、実際の施策を用いた技術適用を行いました。

現場の課題とPolicy Twinの挑戦

 今回のテーマは、社会にとって大変重要な課題である病気の重症化予防。中でも、特に日本の生活習慣病として患者数も多い糖尿病性腎症の重症化を予防する施策に焦点を当てます。糖尿病性腎症は、進行すると透析療法が必要となり、患者さんのQOLを大きく損うだけでなく、国としての医療費負担も増大します。このような状況の中、全国の自治体では「ハイリスクな患者さんを早期に抽出して適切な保健指導を行い、人工透析のリスクを低減・未然防止する」施策が行われていますが、対象自治体では「想定よりも保健指導の実施人数が伸び悩んでおり、どのように施策内容を変更すればよいか分からない」という課題に直面していました。

 そこで私たちは、Policy Twinがこの課題をどう解決できるのかを検証。限られた予算やリソースを最大限に活用し、保健指導の実施人数をはじめとする施策効果を改善する新たな施策を提案できるか、ここに挑戦しました。

技術適用のステップ

 今回は、糖尿病性腎症重症化予防に関する施策のデジタル化と、新規施策候補の自動生成、その効果のシミュレーションを行いました。

 デジタル化された施策フローのイメージを見てみます。図3に簡略化して示すのは、この施策に関する一般的なガイドラインです。このガイドラインでは、「糖尿病が重症化するリスクが高いこと」と「腎障害が重症化するリスクが高いこと」が、保健指導の対象者を決定するための主要な抽出基準とされており、健康診断の数値に基づいて判定されています。これらの抽出基準の閾値や組み合わせは、各自治体の個別の事情によって独自に設定されるため、一律ではありません。

図3 糖尿病性腎症施策

 これをデジタル化した施策フローは以下のようになります(図4)。この施策フローは、次の4つの主要な要素で構成されます。

図4 施策フロー

  1. 特定健診の受診有無:特定健診を受診している対象者を抽出
  2. 糖尿病重症化基準:糖尿病が重症化するリスクが高い対象者を抽出
  3. 腎障害重症化基準: 腎障害が重症化するリスクが高い対象者を抽出
  4. 保健指導への参加受諾: 対象者に対して保健指導に関する通知を行いその受諾を確認

 このような施策フローを、対象の自治体とその他の15都市について作成したうえで、これらをインプットとして組み合わせることで、多様な施策候補を約100個生成しました。また、これらの施策候補を様々な観点で評価するために、特に重要となる複数のKPI(医療費、健康改善効果、勧奨通知の実行コストなど)を用いてシミュレーションを行い、生成された施策候補群の中から、対象自治体の具体的な状況や目標に合致する最適な施策候補を選択しました。

 その結果、施策候補においては、限られたリソース制約を満たしつつ、既存施策よりも複数のKPIにおいて改善が期待されることが示されました。具体的には、実行コストは若干増加するものの、それを上回る医療費節減効果と健康改善効果が期待できることが明らかになったのです。

適用結果から見えたPolicy Twinの可能性

このPolicyTwinがもし実用化されると、どんないいことがあるの?

 PolicyTwinを活用することで、上記のようにリソース要件を満たしつつ効果を改善する施策候補の立案が可能となり、これまでは経験や過去の慣習に頼ることが多かった施策立案業務を大きく改善できる可能性があります。今回、自治体職員や有識者の方々からは、Policy Twinが次のような点で大きな可能性を秘めている、との評価をいただいています。主な評価ポイントと、そこから見えてきたPolicy Twinがもたらす新たな価値をご紹介します。

業務効率化への貢献

 実際の施策立案の現場では、担当者交代に伴う経験や知見の継承が困難です。これについて、Policy Twinはデータに基づく根拠ある施策案を提示することで、担当者の経験に左右されず、誰もが効率的に質の高い施策立案を行えるよう支援する点が高く評価されています。また、施策のデジタル化と構造的な可視化により、他の自治体の成功事例の情報を探して参考にするといった、現在現場で行っている情報収集の業務効率を大幅に高めると考えられます。さらには、優れた施策が共有され、地域社会全体に波及していく効果も期待できるでしょう。

根拠に基づく施策立案と合意形成の促進

 Policy Twinは、「具体的にどこの自治体の施策を参考として施策が自動生成されたか」といった施策案の根拠や、過去の自治体の実績をベースに算出したKPIを結果として示すことができます。これらの結果が非常に理解しやすく納得性が高いものとなっているため、関係者への説明責任を果たすとともに、スムーズな合意形成を促進できるとの声も聞かれています。

今後について

 今回ご紹介した糖尿病性腎症重症化予防への適用は、Policy Twinが持つ可能性の一端に過ぎません。今後は、予防医療における他の施策はもちろんのこと、より幅広い分野の社会課題解決に貢献できるよう、技術を引き続きブラッシュアップしていく予定です。現在、Fujitsu Research PortalにてPolicy Twinのデモを公開中なので、ぜひ皆様アクセスしてみてください。そして、このPolicy Twin技術を用い、皆様と一緒に新たな社会設計の姿を考えていければ嬉しいです!

 コンバージングテクノロジー研究所では、人文社会科学などを含めた様々な分野の専門性を持つ研究員が集まり、互いの知見を掛け合わせながら研究開発を進めています。研究員にとっても日々新しい発見があり、非常にエキサイティングです。チーム一同、Policy Twinをさらに進化させていくべく、今後もタイムリーに情報をお届けしてまいりますので、ご期待ください!

コンバージングテクノロジー研究所 (Policy Twinチーム)
雨宮 智, 猪又 明大, 大谷 猛, 倉木 健介, 久留米 勇太, 香村 紗友梨,
嶋岡 菜々子, 鈴木 浩子, 中尾 学, 堀田 真路, 溝内 剛, 山並 千佳

   


  1. ソーシャルデジタルツイン:実世界のデータをもとに、人や物の状態だけでなく、経済・社会の活動をまるごとデジタルに再現することで、社会の実態や問題発生のメカニズムを把握すると共に、多様で複雑化する課題の解決に向けた施策立案などを支援する技術群。
  2. (参考リンク)交通空白解消に向けた新たなサービスの定着を、心理的要因のシミュレーションで支援する技術を開発
  3. (参考リンク)社会課題解決に向けて自治体施策の効果を最大化する「Policy Twin」技術を開発 : 富士通
  4. (参考リンク)Policy Twin 技術説明動画
  5. デジタルリハーサル:施策を実世界に適用する本番の前に、デジタル空間の都市の舞台で人・社会の振舞いを再現し、その施策が与える効果や影響を把握することによって最適な施策を探索することのできる世界初の技術。
  6. 2025年 社会情報学会大会(Policy Twin:エビデンスに基づく施策立案支援技術の提案)で発表済