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量子古典ハイブリッド技術によるロボットの運動制御 - fltech - 富士通研究所の技術ブログ

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富士通研究所の研究員がさまざまなテーマで語る技術ブログ

量子古典ハイブリッド技術によるロボットの運動制御

     皆様、こんにちは。量子研究所の量子アプリCPJの木村です。 この度、2025年12月2日にFujitsu Technology Parkで開催されたFTU 2025において、私は私たちの最新の研究成果を発表いたしました。今回は、この発表を多くの方々にお届けするため、Fujitsu Tech Blogでも詳しくご紹介させていただきます。

 今回ご紹介する技術は、2025年8月25日に早稲田大学、芝浦工業大学と連名でプレスリリースされたもので[1]、その詳細はNature Portfolio社の「Scientific Reports」に掲載された論文[2]でもご確認いただけます。

複雑なロボット制御に一石を投じる「量子古典ハイブリッド技術」

ロボットの姿勢制御、特に複数の関節を持つロボットの「逆運動学計算」(目標位置に到達するための最適な関節角度の計算)は、その計算量の多さから常に大きな課題でした。例えば、人体と同じ17個の関節を持つ全身多関節ロボットの場合、従来の古典的計算手法では解空間が膨大すぎて計算が困難であり、一般的には関節数を近似して計算されてきました。しかし、これは動きの滑らかさに限界をもたらしていました。

この長年の課題に対し、私たちは量子コンピューターの特性を活かした新しいハイブリッド手法を開発しました。これは、量子コンピューターと古典コンピューターの強みを組み合わせることで、効率的かつ高精度なロボット運動制御を実現するものです。

なぜ量子技術がロボット制御を変革するのか?

私たちの開発した新手法のポイントは以下の3点に集約されます。

①ロボットの姿勢を「量子ビット」で表現する革新 私たちは、ロボットの各部品(リンク)の向きや位置を量子コンピューティングの基本単位である「量子ビット」で表現するアイデアに着想を得ました。量子ビットは「ブロッホ球」として3次元空間の点を表すことができるため、この性質を利用してロボットのリンクの姿勢を効率的にモデル化できます。  これにより、少数の量子ビットで多関節ロボットの姿勢を表現することが可能になります。例えば、3つの関節を持つマニピュレータであれば3量子ビット、はるかに複雑な16関節のヒューマノイドロボットであっても、たった16量子ビットでモデル化できるのです。これは、現在のNISQ環境においても、私たちがこの技術を実装できる大きな理由となります。

②量子もつれで関節間の連動性を再現し、計算を高速化・高精度化  ロボットの関節は独立しているわけではありません。親関節の動きは子関節に必ず影響を与えます。この関節間の連動性を、量子ビット特有の現象である「量子もつれ」として量子回路上で再現しました。 具体的には、RXX、RYY、RZZといった2量子ビット回転ゲートを導入することで、親関節の動きが子関節に自然に影響を与える構造をモデル化しています。この量子もつれの導入により、逆運動学計算の収束速度と精度を大幅に向上させることに成功しました。

③量子と古典の「ハイブリッド」で課題を突破  本手法では、関節角度から手先位置を求める「順運動学計算」を量子回路で実行します。一方、目標とする手先位置から関節角度を逆算する「逆運動学計算」については、古典的なコンピューターを用いるハイブリッドアプローチを採用しました。 量子回路の強みである並列性と古典コンピューターの最適化能力を組み合わせることで、非常に複雑な多関節ロボットの逆運動学問題に対して、効率的な解を提供します。

実機検証で確認された圧倒的な効果

私たちの研究の重要な成果の一つは、机上の理論だけでなく、実際に量子コンピューターを用いた検証を行ったことです。 富士通の量子シミュレーター上での検証では、量子もつれを導入しない場合と比較して、少ない計算回数でも最大43%の誤差低減を達成しました。特に、30回の反復後には、もつれを導入した場合の総位置誤差が、導入しない場合と比較して36%も減少するという結果が得られました。更に、理化学研究所と富士通が共同開発した64量子ビット超伝導量子コンピューターを用いた実機検証でも、この量子もつれ導入の効果を確認しました。 これにより、人体の関節数と同じ17個の関節を持つ全身多関節モデルの運動計算が、約30分程度で実行できるという試算も得られています。これは、従来の古典的手法では考えられなかった速度です。

ロボット開発の未来を変える可能性

 この量子古典ハイブリッド技術は、現在の開発段階にある量子コンピューター(NISQ)環境でも実装可能なため、非常に実用性が高いと言えます。 将来的には、ヒューマノイドロボットや多関節マニピュレータのリアルタイム制御、複雑な環境下での障害物回避、さらにはエネルギー最適化といった幅広い応用が期待されます。量子コンピューターの実用化が進むにつれ、この技術は次世代ロボット開発における「ゲームチェンジャー」となるでしょう。私たちは、この革新的な技術を通じて、より賢く、より滑らかに、そしてより自律的に動くロボットの実現に貢献していきます。

[1] Press Release: https://global.fujitsu/ja-jp/pr/news/2025/08/25-01

[2] Otani, T., et al. (2025). Hybrid Quantum-Classical Computing for Robot Motion Control. Scientific Reports, 15, Article number: 28508.

技術詳細サイト 量子アプリケーション実用化に向けた量子古典ハイブリッド技術