
こんにちは。コンバージングテクノロジー研究所の尾形です。私たちの研究グループでは、企業のサプライチェーンに関して、中長期的な戦略的意思決定を支援する「サプライチェーン・デジタルリハーサル」の技術開発に取り組んでいます。本技術の特長と大手食品企業様の製品のサプライチェーンを対象とした共同検証についてご紹介します。
富士通のサプライチェーン・デジタルリハーサル
近年、気候変動、地政学的リスク、物流の混乱、資材価格の高騰、都市開発による商圏の購買層変化など、企業のサプライチェーンを取り巻く環境はますます不確実性を増しています。これらの事象は、企業の調達・物流・製造・販売体制に深刻な影響を及ぼす可能性があり、従来の定型的なリスク管理では対応が困難となっています。こうした状況を踏まえ、富士通は中長期的な視点での戦略的意思決定を支援する「サプライチェーン・デジタルリハーサル」技術を開発しました(図1)。

サプライチェーン・デジタルリハーサルでは、実世界のサプライチェーンの構造をデジタル空間に写像したデジタルツインを構成した後、次のようにサプライチェーンの構造を最適化する意思決定を支援します。
デジタルツイン上のサプライチェーンに対し、「気候変動」「地政学リスク」「商圏の都市開発」などのサプライチェーンの外部で生じる不確実事象が、どこで、どのように発生したのか、という不確実シナリオを設定すると、①不確実シナリオがサプライチェーンのどの部分に、どのような影響を及ぼすかを自動で分析・予測します。続いて、②分析・予測した影響のインパクトを最小限に抑えるため、拠点集約や調達先の変更などのサプライチェーン構造の変革も含む改善施策を自動で複数提案します。提案された施策は、コスト、納期、在庫量、環境などの複数観点で自動的に評価されるので、適切な施策の絞り込みや意思決定を容易に行えます。これにより、不確実シナリオが実際に生じた際に、事前対策により影響を最小限に抑えられたり、準備していた施策を実行することで速やかに対応できます(図2)。
サプライチェーン・デジタルリハーサルにより出力されたサプライチェーン構造に及ぼす影響や施策は、専門家による分析結果と同等であるだけでなく、コストや納期など複数観点で高精度・高品質に提示できることを確認しています。

開発技術の詳細
サプライチェーン・デジタルリハーサルを構成する技術をご紹介します。
① 不確実シナリオにおける影響の分析・予測技術
リスクシナリオ分析技術:不確実シナリオがサプライチェーンのどこにどのような影響を及ぼすかについての「リスクシナリオ」を公開情報や個社データをもとに分析し、不確実シナリオの発生から最終的な影響に至る因果の連鎖を網羅的に自動抽出します。ここで、不確実シナリオと最終的な影響との間に発生する出来事を「中間要因」と呼びます。中間要因が示されることで、不確実シナリオが最終的な影響をなぜ、どのように引き起こすのかについての理解を助けます。
シナリオ予測技術:需給や価格など、複数の要因の影響を受けて値が変動する定量指標の中長期的な時系列変化を予測します。例えばコンテナ船の海上運賃は、燃料価格や荷動き量、船腹量などの複数の要因の影響を受けて値が変動します。各要因と運賃との因果関係に基づく運賃の予測モデルと、各要因の変動シナリオを自動生成し、変動シナリオごとに海上運賃の時系列変化を振れ幅と合わせて予測します。これにより、各要因の変化の兆しから、着目する定量指標の着地点に目星を付けて、施策を検討できるようになります。
この他、デジタルツインを活用し、不確実シナリオの影響度モデルと過去の被害状況に基づきパフォーマンスの低下度合を推定するストレス推定技術も開発中です[*1]。
② 改善施策の導出技術
施策立案技術:不確実シナリオがサプライチェーンに及ぼす影響に対して、調達先拡充、物流手段変更、在庫調整、拠点統廃合など複数の施策を網羅的に生成します。
合意形成支援技術:施策立案技術が提案した膨大な施策候補の中からコスト、納期、在庫量、環境など複数観点で適切な改善施策の絞り込みを支援します。これにより、異なる部門の担当者などの価値観の異なるステークホルダー間での施策選定の合意形成を支援します。
お客様との共同検証
大手食品企業様と共同で開発技術の検証を行いました。共同検証では、製品のサプライチェーンを対象に、紛争などによるスエズ運河閉鎖を不確実シナリオに設定して、原料調達の海上輸送への影響の分析と中長期的な定量指標の時系列変化の予測、影響を最小限に抑える改善施策の導出について試行しました。
不確実シナリオによる影響を網羅的に分析
スエズ運河の迂回による輸送日数の増加の他に、以下のような複合的な影響の連鎖と、その結果としての原料在庫減少を自動で抽出できました。
- 輸送現場の混乱や航行リスクの高まり
- 船積み・運航スケジュールの乱れや輸送需要の変化
このように、輸送日数の増加のような直接的な影響に加え、間接的な影響を及ぼす中間要因も含めて網羅的な分析ができることを確認しました。
不確実シナリオにおける中長期的な時系列変化を予測
スエズ運河閉鎖が引き起こす荷動き量の変化をパラメータとした変動シナリオごとに、海上輸送運賃の中長期的な時系列変化を予測しました。予測結果を過去のケースと照らし合わせた結果、海上輸送運賃が急上昇する傾向を正しく捉えられており、技術の妥当性を確認しました。
影響を最小限に抑える複数の改善施策の導出
有識者による立案施策と同様の結果に加えて、コストなど複数の観点で適切な代替ルートなどの施策も導出でき、大手食品企業様から、技術の導出精度について高い評価を獲得しました。
今後について
今後は、製造業をはじめとする多様な業種への展開に向け、実証と技術強化を進めていきます。本技術が提供する網羅的な影響分析と複数観点での改善施策導出により、企業のサプライチェーン戦略立案を支援し、レジリエンスの強化と持続可能な事業運営の実現に貢献していきます。サプライチェーン・デジタルリハーサルの今後の展開にご期待ください!
関連リンクと脚注
Dynamic Supply Chain Management
https://global.fujitsu/ja-jp/offering/digital-supply-chain-management
企業をまたがるサプライチェーンを最適に運用する「マルチAIエージェント連携」技術を開発し実検証開始
https://documents.research.global.fujitsu.com/resilient-supply-chain/