こんにちは.富士通 コンバージングテクノロジー研究所の山並と,データ&セキュリティ研究所の志賀です.
私たちは,お茶の水女子大学との共同研究で「AIに社員の性格をインストールする」というユニークな試みに挑戦しています.
その目的は,多様な社員の「声なき声」を拾い上げ,より良い組織をつくること.鍵となるのが,人の心を科学的に測定する心理学のアンケート(心理尺度)です.
この記事では,まず心理学の知見で見えないバイアスを可視化する研究を紹介し,続いてその知見を応用したペルソナLLM開発についてお話しします.
心や性格って測れるの?心理学のアンケート調査
富士通とお茶の水女子大学のこれまでの取組み
富士通では,お茶の水女子大学と連携し,ジェンダー課題に対してAIを活用した解決策を探る共同研究を進めてきました.これまでの取組みは日本心理学会や人工知能学会において発表しています.
この共同研究では,調査会社を通じて,さまざまな年代・属性の人にアンケート調査を実施し,ジェンダーバイアスの実態を多角的に分析してきました.実際に人を対象としたアンケート調査を行うことで,人の心理・性格・行動がどのように影響を及ぼすのか明らかにすることを目指しています.
その中でも近年注目されている概念にBeauty Mythがあります.これは,規範的な美の基準への同意度,その達成可能性に関する信念,そして身体をどう評価するか,という要素から構成される概念です.お茶の水女子大学の研究チームでは,これまでの調査データを用いて,欧米を中心に議論されてきたBeauty Mythについて,日本語版の尺度の確かさを検証し,日本の文脈をより反映した尺度を開発しました(The Society for Personality and Social Psychology's 2026 Annual Conventionにて報告[Omori et al., 2026]).外見に関する規範の性差は教育や職場にも少なからず影響を及ぼすものであり,日本社会におけるジェンダー研究の発展に寄与する知見といえます.
昇進の背後にある見えないバイアスを可視化する
今回は,昇進をテーマに日本の大卒正規雇用労働者に実施したアンケート調査の分析を進めてきました.昇進や人事施策といえば,制度設計に目が向きがちですが,実際には本人の意欲や価値観,満足度といった心理的な要素も大きく影響します.こうした「目に見えない心の動き」を数字でとらえるには,精緻に設計されたアンケートが欠かせません.しかも,思い込みや回答の偏りをできるだけ減らして,信頼できるデータを集めるには,心理学の知見が重要です.そこでお茶の水女子大学が富士通と協働し,職場関連の項目に加えて多様な心理尺度を捉えた調査・分析を行いました.
その結果,様々な要因を統制した上でも,性別による昇進状況の差異が確認されました.男性は現在の職位が高くなる傾向がある一方で,女性は職位に対する満足度が高い,といった傾向が見られました.また,ワーク・エンゲイジメント(仕事への熱意や没頭度)と,他者に尊敬感情を抱きやすい特性の間には,有意な正の相関がみられました.つまり,仕事への意欲や熱意が,他者を尊敬しやすい傾向と密接に関連していることが示唆されています(International Society for Research on Emotion, 2026にて報告予定[Muto et al., in press]).
このように,心理尺度を捉えた分析を行うことで,無意識のバイアスや個人の属性や経験則だけではみえにくかった傾向を可視化できる可能性があります.
AIに個性を宿す新たな挑戦
モチベーション:AIで「声なき声」を拾い上げたい
前節でご紹介した心理学のアンケート調査は,人の性格や価値観を可視化する強力なツールです.この分析を進めるうち,私たちはふと考えました.「この心理尺度を使えば,AIに人間らしい個性を与えられるのではないか?」
今,大規模言語モデル(LLM)に特定の役割や性格を持たせる,ペルソナLLMへの期待が急速に高まっています.私たちはその応用として,多様な社員を模したLLMに意見を言ってもらう「仮想社員シミュレーション」を実現したいと考えました.例えば,人事部門が新しい制度を考えるとき.人事制度は,制度そのものだけでなく,社員がその制度をどう受け止めるか,何を期待し何に不安を感じるか,といった心理的な部分によっても,その効果が大きく変わります.しかし,担当者の想像や数人へのインタビューだけでは,どうしても拾いきれない意見があります.特に,物静かな人や少数派の「声なき声」は埋もれがちです.もし,多様な性格や価値観をもつ「仮想社員」に意見を言ってもらえたらどうでしょうか.ペルソナLLMを使って「声なき声」を含めた多様な視点を疑似的に集められれば,より多くの人が納得できる制度づくりにつながるはずです.
こうして,まさに「AIに社員の性格をインストールする」試みとして,ペルソナLLM開発が始まりました.
ペルソナLLMの従来技術:スコアで指示する方法と会話例をお手本にさせる方法,それぞれの課題
実は,LLMに性格を与えるシンプルな方法はすでに存在します.ここでは2つのアプローチを紹介します.
<アプローチA>スコア(得点)で性格を指示する
例えば心理学でよく知られるBig Fiveという性格モデルでは,人の性格を5つの軸(因子)で表します.これを使って,「外向性:5,協調性:3,誠実性:7…」のようにスコアでLLMに指示する方法です.スコアが高いほどその性格特性がよくあてはまっていることを意味します(1が最低値,7が最高値).
- メリット: 因子とスコアで性格をコントロールできるので,指示が明確です.
- 課題: 具体例がないため,「協調性:3」をLLMがどう解釈するかはLLM任せになってしまい,意図通りに振る舞ってくれるか曖昧さが残ります.
<アプローチB>会話例(対話コーパス)をお手本として見せる
特定の人の会話ログなど,まとまった文章データ(対話コーパス)をお手本としてLLMに示し,学習させる方法です.
- メリット: 具体的な会話例があるので,自然な応答が期待できます.
- 課題: 会話例は文章のかたまりであり,非構造データ(項目名と値のような構造を持っていない,不定形のデータ)なので,狙った性格を安定して作ることや,その評価が簡単ではありません.
提案手法:心理尺度のQ&Aを「構造化された具体例」として使う
そこで私たちは,二つのアプローチのいいとこ取りをするアイディアを思いつきました.それが,心理尺度を「構造化された具体例」として使う方法です.提案手法は,心理尺度の質問と回答(Q&A)という構造と,質問文そのものの具体性を活用して,LLMに性格を付与します.
例えば,「他者を尊敬しやすい」性格をLLMに与えたい場合,以下のようなQ&A例を,LLMへの基本的な指示書(システムプロンプト)に埋め込みます.
質問:「私はよく周りの人に敬意を抱く」
このペルソナの回答:「非常によくあてはまる(スコア7)」
逆に,「他者を尊敬しにくい」性格なら,同じ質問に「全くあてはまらない(スコア1)」と回答する例を与えます.
このQ&Aのすごいところは,単なる会話の切り抜きではない点です.これらは心理学の専門家によって人の性格を測るものさしになると検証されている,信頼性・妥当性の高い知見そのものなのです.この構造化された具体例によって,LLMが自己流で解釈してしまう曖昧さをなくし,一貫したペルソナを与えることを目指しました.
さらに嬉しいことに,この方法は評価にもそのまま使えます.ペルソナを定義したのと同じ心理尺度の別の質問をペルソナLLMに投げかけ,その回答が理想スコア(この例なら「7」や「1」)とどれだけ一致するかを比べることで,ペルソナの一貫性を客観的に,かつ定量的に評価できるのです.

AIに個性は宿ったのか?実験で見えてきた可能性
実験では,①特性尊敬関連感情尺度(他者の尊敬しやすさ),②Big Fiveの2つの心理尺度を使い,従来手法(スコア指示)と比較しました.その結果,従来手法に比べて,私たちの提案手法は,ペルソナ定義に沿った応答を一貫して生成しやすい傾向がデータで示されました.
さらに,この技術の可能性を探るための予備的な実験も行いました.「他者を尊敬しやすいペルソナ」と「しにくいペルソナ」に,それぞれ「昇進したいと思う人を増やすための人事施策案」を発案してもらったのです.すると,性格の違いを反映した,全く異なる視点のアイディアが出てきました.
- 他者を尊敬しやすいペルソナ: 先輩社員が指導するメンター制度など,他者との関わりの中で成長する施策を重視しました.
- 他者を尊敬しにくいペルソナ: スキルアップのための研修制度の充実など,自分の学びや環境・仕組みの整備に焦点を当てた施策を提案しました.
このように,性格の異なるペルソナLLMは,人事施策を検討する際に,
「いろいろなタイプの社員なら,どう受け止めるか?」
「どんな点を魅力に感じ,どんな点に不安を覚えるか?」
を多面的に考えるための壁打ち相手として,大きな可能性を持っていることが見えてきました.
心理学の専門家によるコメント
本研究の共同研究者であり,「特性尊敬関連感情尺度」の開発者でもある,お茶の水女子大学の武藤世良 准教授からコメントをいただきました.
私が開発した心理尺度「特性尊敬関連感情尺度」を活用いただき,大変嬉しく思います.詳細な実験結果は学会発表にお譲りしますが,結果がこれまでの自身の研究結果と整合性を示した点は,特に注目に値します.心理学とAIのコラボレーション研究として,また心理尺度の妥当性検証に新たな道筋を示す試みとして,本研究の今後の展開に大きな期待を寄せています.
おわりに:分野を越えた共同研究を終えて
今回の富士通とお茶の水女子大学による共同研究は,私たちにとって,心理学とAI工学という異なる分野が手を取り合う,刺激的な挑戦でした.心理学の深い知見がAIに人間らしさという魂を吹き込み,一方でAI技術が心理学の理論を検証する新たな実験場になる.そんな相互作用を実感する,実り多い共同研究でした.これからも,人の心に寄り添いながら人と協働するAI技術の実現を目指して,研究開発を進めていきたいと考えています.
なお,ペルソナLLMの詳細な実験結果は,2026年6月8日~12日に行われる人工知能学会 全国大会(JSAI2026)にて発表予定です.興味を持っていただけた方は,ぜひそちらもご覧ください!
参考文献
[Omori et al., 2026] Omori, M., Yamazaki, Y., Miyagawa, S., Muto, S., & Ito, H.: First Look at the Beauty Myth Scale in Japan, The Society for Personality and Social Psychology's 2026 Annual Convention (SPSP 2026)
[Muto et al., in press] Muto, S., Miyagawa, S., Ito, H., & Omori, M.: Trait respect-related emotions as significant predictors of work engagement in Japan, Conference of the International Society for Research on Emotion (ISRE 2026)
[武藤 2016] 武藤世良: 特性尊敬関連感情尺度(青年期後期用)の作成の試み,心理学研究 第86巻 第6号 pp.566-576,2016