
こんにちは、コンバージングテクノロジー研究所の松木です。 私たちは、行動変容支援プラットフォーム(通称 BXPF)の研究開発を進めています。
2026年3月に、このBXPFの成果の一部である 「行動変容プランニング」 を公開しました。公開に伴い、本特集では「行動変容支援プラットフォーム(BXPF)」について、全4回で紹介しています。
● 第1回 DXの次はBX? 行動科学を誰でも使える時代へ
● 第2回 人が動く施策を、エビデンスで設計する
● 第3回 用途や個人に合わせて進化するアプリ
● 第4回 BXでイベントプロモーションはどう変わる? ★今回★
特集の最後となるこの記事では、 これまでご紹介してきた技術や研究が、実際に社会の中で使われていくために、私たちがどのような取り組みをしているのかをご紹介したいと思います。
行動変容支援プラットフォーム(通称 BXPF)とは?
まず、特集の第1回目で説明したBXPFについて簡単に振り返ります。
BXPFは、人の行動やその背景にある心理に着目しながら、「なぜ行動が起きないのか」「どこで止まっているのか」 を整理し、行動変容を前提とした施策設計を支援するためのプラットフォームです。
たとえば、
- 社内ルールやコンプライアンスを無理なく守ってもらう
- 健康を維持するために社内の運動イベントを開催する
こうした場面では、「正しい施策がある」だけでは不十分で、人の心理や行動に合わせた働きかけが重要になります。
私たちは、「人の行動変容を通じて価値を生み出すこと」 を BX(Behavior Transformation) と定義し、心理学や行動科学などの知見を、デジタル技術と融合することでBXを支援するための基盤と BXPF を開発しています。

BXPFは、大きく2つのパートからできています。
- 前半は、課題に対してどんな施策が有効かを考える プランニング。
- 後半は、その施策を実現するPoCアプリやサービスの形に落とし込む カスタマイズ です。
今回紹介するモータースポーツの取り組みは、このBXPFの、特にプランニングを用いて、「イベント体験を、その後の行動につなげる」という文脈に適応した場合、プロモーションの施策の提案がどのようにすすんだのか。その事例について紹介します。
モータースポーツの「関心離れ」というリアルな課題
今回ご一緒したのは、株式会社日本レースプロモーション(JRP)様!アジア最高峰のフォーミュラーカーレース SUPER FORMULAを運営されている企業です。
ディスカッションの中で出てきたのが、とても率直な課題でした。
「イベント当日は盛り上がるけれど、その後の関心をどう維持するかが難しい」
これはモータースポーツに限らず、イベントやエンタメ全般に共通する悩みだと思います。
当日その場では強い熱量が生まれても、日常に戻ると関心が薄れてしまう。この“熱量の継続”をどう支えるかは、プロモーションにおける重要なテーマです。

まずは考えてみた:アイデアワークショップ
いきなりシステムを作るのではなく、まずは 関係者全員で課題を共有し、一緒に考えるところから 始めました。

ワークショップでは、JRP様、富士通のSalesとデザインセンター、そして研究員が混ざった合同チームを3テーブル作り、各テーブルで BXPFを実際に使いながら、JRP様が抱えている課題にどう取り組めそうかを議論しました。
BXPFへの入力は、とてもシンプルなものです。
- 「新規ユーザを獲得したい」
- 「イベントに来てもらうには?」
といった、かなりざっくりとした課題を入力すると、解決のヒントとして
- 「知識を入れること」
- 「周囲を巻き込むこと」
といった示唆とアプリの具体例が返ってきます。
正直に言えば、これらのヒントは ごく当たり前のように見えるかもしれません。しかし実際には、この“当たり前に見えるヒント”がトリガーとなり、
- 既存のコンテンツとどう組み合わせられるか
- モータースポーツならではの体験にどう落とし込めるか
- SNSなどを利用した推し活につなげられないか
といった具体的なアイデアが次々と生まれ、議論は大いに盛り上がりました。
このワークショップを通じて、既存のアプリや施策に行動変容の考え方を組み込むには、まず来場者の状態や気持ちを丁寧に捉える必要がある という認識が参加者の間で共有されました。
そして次のステップとして、実際のイベント現場を見ながら、来場者にどのような行動特性がありそうかを整理してみよう、という流れにつながっていきました。
モータースポーツファンの行動をどう捉えるか
次のアクションとして、ワークショップで出た パーソナライズされたレコメンド機能 の方向性をより具体化するために、来場者の行動特性を把握する取り組みを行いました。
ここで私たちが注目したのが、 行動原理MoA(Mechanism of Action) と 行動変容ステージ です。
たとえば、
- その人は、どの程度イベント参加が習慣化していそうか
(例:毎回訪れている人なのか、初めて訪れた人なのか) - その背景には、どのような要因が関係していそうか
(例:現地ならではの体験への期待、家族や友人の影響、知識や情報量の差など)
といった観点から、「どのような状態の人に、どのような働きかけが有効そうか」を考えるための材料を整理しました。
具体的には、実際のモータースポーツイベント会場に足を運び、来場者の行動の様子を観察するとともに、イベント関係者へのインタビューを通じて、来場者の特徴や反応について情報を収集しました。
こうした現地での観察やヒアリングをもとに、来場者がどのような行動原理に支えられて来場しているのか、またどのような段階にいる人が多そうかを、間接的に推定しながら整理していきました。

現場から見えてきたこと
今回の取り組みでは、単に「満足しているか」「楽しかったか」といった表面的な評価を見るのではなく、 来場という行動の背景にどのような要因がありそうか に注目しました。
たとえば、
- サーキットならではの楽しみ方をすでに"知っている"のか (Knowledge)
- 家族や友人と一緒に来やすい状況があるのか (Social influences)
- 観戦そのものへの関心だけでなく、周辺体験も来場のきっかけになっているのか (Beliefs about consequences)
といった観点です。(括弧内は行動原理MoAとの対応付け)
こうした視点で現場を見ていくと、単なる来場者数やイベント満足度だけでは捉えにくい、来場を支える行動要因の違い が見えてきます。 そしてその違いは、今後の施策を考えるうえで重要なヒントになります。
実際にJRP様との議論でも、 「これまであまり明示的には整理できていなかったが、言われてみると確かにそうだ」 と感じられる示唆がいくつも得られました。
今回の取り組みは、何か一つの正解を出すためのものというよりも、 来場者をどう理解し、次の打ち手をどう考えるか、そのための共通言語をつくるプロセス として機能したように思います。
BXPFが役立ったポイント
今回の取り組みを通じて、BXPFが役立ったポイントは大きく2つありました。
1つ目は、課題を“施策の話”だけで終わらせず、行動を理論的に分析整理できたことです。 「イベント後の関心をどう維持するか」という悩みを、一般的なアイデア発想の議論ではなく、行動原理や行動変容ステージといった理論的な観点から整理することで、次の施策の考え方が明確になりました。
2つ目は、関係者のあいだで議論の軸を揃えられたことです。 事業側、研究側、それぞれが異なる立場や経験を持っていても、BXPFを介することで、「誰に、どのような理由で、どんな働きかけをするのか」を共通の枠組みで話し合うことができました。
これは、単に施策案を出すツールとしてだけでなく、 現場理解と施策設計をつなぐための対話の土台 としてBXPFが機能したことを意味しています。
さいごに
普段、私たち研究員は、論文を読んだり、過去の文献を調べたりと、 どうしても机に向かって考える時間が多くなりがちです。 気を抜くと、研究が「机上の空論」に近づいてしまうこともあります。
今回の取り組みでは、行動変容に関する知見を基にプランニングするBXPFを、実際に事業部の方に使っていただき、さらにイベントの現場でリアルな声を聞くという、とても貴重な経験をさせていただきました。
また、事業部の方からは、
「手あたり次第ではなく、
学術的な裏どりがある視点があることで、
意外な結果が見えた」
といったコメントもいただきました。
この言葉は、研究と事業が一緒に取り組むことの価値を、改めて実感させてくれるものでした。これからも、研究室の中で考えるだけでなく、現場で試し対話しながら、技術を実用につなげていきたいと思います。 Fujitsu Research Portalでは、「行動変容プランニング」を公開中です。ぜひご体験ください。