
はじめに
こんにちは、量子研究所の五木田です。
2026年6月22日から26日まで、ドイツ・ハンブルクで開催された国際会議 ISC High Performance 2026(以下、ISC 2026)に参加しましたので、その内容をご紹介します。本記事では、特に量子コンピュータをHPC環境に統合するためのプラットフォーム関連のセッションを中心にレポートします。
- はじめに
- Top500 ハイライト:CPU-only システムが首位に、ABCI-Qも38位ランクイン
- Opening Keynote: ヘテロジニアスHPCの未来
- Quantum-HPCパネル:プラットフォームの現在地
- BoF: 量子-古典ハイブリッドの統合形態
- BoF: Quantum-Computing-as-a-Service(QCaaS)
- HPC Solutions Forum: QDMI
- HPC Solutions Forum: GENCI と Alice & Bob 調達発表
- ポスター発表:ABCI-Q上の量子-HPCハイブリッド基盤
- Workshop: QRUCH(6/26 午前)
- Workshop: 量子-古典統合の標準化議論(6/26 午後)
- 全体所感:「量子-HPC連携」議論はどこへ向かうのか
- 参考リンク
ISC は毎年6月に欧州で開催される、HPC(High Performance Computing:ハイパフォーマンス・コンピューティング)分野の主要な国際会議のひとつです。米国で開催されるSCと並んで、HPC分野における世界二大カンファレンスとも言われています。今回はハンブルクのCongress Center Hamburg (CCH) で開催され、参加者は3,500名を超え、出展者は200以上にのぼりました。会期は5日間で、初日(月)と最終日(金)はチュートリアルおよびワークショップ、中3日(火~木)が本会議と展示会という構成です。今年のテーマは "Connecting the Dots" で、HPC・AI・量子・サステナビリティの統合がコンファレンス全体の通底テーマとなっていました。
最近のHPC関連の国際会議では、量子コンピュータをHPCに統合する取り組みが大きなトピックの一つになりつつあります。ISC 2026でも、Opening Keynote から始まり、パネル・BoF(Birds of a Feather)・HPC Solutions Forum・Workshop と、さまざまな形式のセッションで量子-HPC統合をめぐる議論が展開されていました。本記事ではその中から、量子コンピュータをいかにHPCシステムに統合し、運用していくか、というプラットフォーム視点でのトピックを中心に紹介します。
なお、筆者自身もポスター発表で参加してきましたので、後半でその内容にも触れます。また、富士通からはVendor Showdownや、HPC Solutions Forum、Workshop、Project Postersでの発表をはじめ、ExhibitionでもFUJITSU-MONAKAプロセッサ、FugakuNEXT、AI Computing Broker、そして量子コンピュータへの取り組みについての展示がありました。

Top500 ハイライト:CPU-only システムが首位に、ABCI-Qも38位ランクイン
技術セッションの紹介に入る前に、ISC 2026 で発表された Top500 の結果について簡単に触れておきます。今回首位に立ったのは、中国・深圳の LineShine というシステムで、HPL ベンチマークで 2.198 EFlop/s を記録しました。Arm 系の独自プラットフォーム "LingKun" を採用した CPU-only システムであり、CPU のみで 2 EFlop を超えた史上初のシステムとなります。理論ピーク 2.74 EFlop に対して効率は約80%と、米国の GPU 系3システム(El Capitan / Frontier / Aurora)の効率(50~65%)を大きく上回りました。
| 順位 | システム | サイト | HPL (EFlop/s) |
|---|---|---|---|
| 1 | LineShine | 中国・深圳 | 2.198 |
| 2 | El Capitan | LLNL(米) | 1.809 |
| 3 | Frontier | ORNL(米) | 1.353 |
| 4 | Aurora | ANL(米) | 1.012 |
| 5 | JUPITER | Jülich(独) | 1.000 |
5位の JUPITER は欧州唯一のエクサスケール機です。日本のシステムでは Supercomputer Fugaku が9位(442 PFlop/s)、ABCI 3.0 が19位(145 PFlop/s) にランクインしています。筆者の業務に関わる ABCI-Q も38位(74.58 PFlop/s) に入りました。後述のポスター発表でも、このABCI-Q上に構築している量子-HPCハイブリッド基盤について紹介しました。
また同セッションでは、Top500 リストの運営が今後 ACM へ移管されることも発表されました。
それでは、量子プラットフォーム関連のセッションについて見ていきます。
Opening Keynote: ヘテロジニアスHPCの未来
会期初日(6/23)の Opening Keynote は、ミュンヘン工科大学 (TUM) の Martin Schulz 教授による "HPC: A Heterogeneous Future" でした。本Keynoteは、その後の量子関連セッションを貫く文脈を提供する位置づけになっていました。
要点を抜粋すると、
- ポスト Moore 時代に入り、GPU による加速もエネルギー上限により限界が見え始めている
- 次の段階は ヘテロジニアス・コンピューティング:CPU/GPU に加え、量子・ニューロモルフィック・フォトニクスをポートフォリオ的に組み合わせる
- 量子コンピュータは HPC の置き換えではなく アクセラレータ として位置付ける
- 成功の鍵はハードウェアではなく ソフトウェアスタック — 持続性・統一性・拡張性のある統合基盤
- ハードウェアとソフトウェアのコデザイン、階層的スケジューリング、リソース管理、分野横断の協調が必要
ソフトウェアスタックの具体例として、Schulz 教授が率いる Munich Quantum Valley の Munich Quantum Software Stack (MQSS) が挙げられました。デバイス間・ユーザ間のシームレスな遷移を実現する統合基盤として、後述の QDMI(Quantum Device Management Interface)と密接に関連します。
量子計算機を「アクセラレータ」として位置付ける視点は、Keynoteに限らず、その後のほぼすべての量子関連セッションで共通の前提となっていました。これは数年前まで「量子優位(quantum advantage)」が中心議題だったのと比較すると、量子コミュニティ全体が現実的なフェーズに入ったことを示しているように感じられました。
Quantum-HPCパネル:プラットフォームの現在地
6/23 のパネルセッション "HPC-Enabled Path to Using, Scaling and Operating QC" では、各機関と量子ベンダーの代表者が一同に会し、Q-HPC統合の現状と課題を議論しました。
登壇者は、モデレータの ICHEC(アイルランド)と、BSC(バルセロナ・スーパーコンピューティングセンター、スペイン)、CINECA(イタリア)、IQM Quantum Computers(フィンランド、超伝導 qubit)、Equal1(アイルランド、シリコンスピン qubit)、Riverlane(英ケンブリッジ、量子誤り訂正)の代表者です。
各機関は 複数モダリティの量子計算機 をすでに保有・運用していました。BSC は MareNostrum 5(CPU/GPU パーティション)に加えて MareNostrum-Ona として、Qilimanjaro 製のデジタル量子計算機(Transmon qubit)2台と、Fluxonium qubit ベースのアナログ量子計算機(EuroQCS-Spain、複数世代の展開予定)を統合運用しています。CINECA はクラウド経由のアクセスに加え、ボローニャ拠点に IQM Radiance(超伝導)と PASQAL Orion Beta(中性原子)の2台を、ISC 直前の6月11日に正式運用開始したばかりでした。あわせて CINECA 内でエミュレータも並列運用しているとのことです。
Equal1 は Bell-1 / RacQ という、シリコンスピン方式・CMOS ベースの 19インチラック搭載型量子計算機を紹介していました。Cryo-CMOS 制御ASIC まで自社開発しており、自己完結型 cryostat と標準コンセント接続で動作するという、HPC環境への統合容易性を強く意識した設計でした。実機が展示フロアでライブデモされていたのも印象的でした。
Riverlane は量子誤り訂正(QEC)専業の企業で、Deltaflow という QEC スタックを提供しています。全主要 qubit 技術に対応するモジュラなリアルタイム QEC を特徴とし、HPE との提携も発表されました。MegaQuOp(百万エラーフリー量子演算)を近い将来のマイルストーンとして掲げていました(当初のロードマップでは 2026 年内目標として発表されていましたが、業界全体では 2028 年前後を pivotal year とする見方が広がりつつあります)。
パネルでは、以下のような論点が活発に議論されました:
- オーケストレーションの多次元制約:モダリティ差(実行時間が桁違い)、配置差(オンサイト/クラウド/遠隔)、ベンダー固有のキュー、必要フィデリティ、これらすべてを同時に成立させるスケジューラはまだ未確立
- コンパイル時間の爆発:量子コンパイルは routing & mapping が支配的で、現状の Python ベースのままでは 1000~2000 qubit 超のスケールに耐えられない
- エミュレータの位置づけ:実機投入前の検証ツールとして数百 qubit までは有効だが、HPC リソースを大量消費する経済性問題もある
- QEC に必要なレイテンシ:条件分岐 <10μs、測定処理 ns~μs オーダ。汎用 OS では対応できず、リアルタイム OS と密結合ノードが必要
- ベンチマーキング:単一 QPU 性能ではなく QEC込みのフルスタック でのベンチマークが必要
特に印象的だったのは、IQM の登壇者が紹介していた、ある欧州大規模 HPC 運用者の発言「Slurm を再設定する気はない」というエピソードです。量子の HPC 統合は、HPC側が40年かけて築いてきた運用慣習や蓄積を尊重した形で、非侵襲に 行わなければならない、というメッセージでした。これは続くBoFやHPC Forum でも繰り返し言及されることになります。
BoF: 量子-古典ハイブリッドの統合形態
6/24 の Birds of a Feather セッション "Quantum Classical Hybridization: Where Quantum Fits in the Continuum" では、Forschungszentrum Jülich(FZJ)の JUNIQ プロジェクト担当者が、QPU を HPC に統合する形態を4分類に整理して提示しました。
| 形態 | 性質 | 評価 |
|---|---|---|
| ① Cloud Access | QPUがベンダー独自のキューを持つ | 統合とは呼べないが入口として重要 |
| ② HPC system-global | QPUがHPC全体の共有リソース | 利用効率高い(推奨) |
| ③ HPC node-local | QPUを特定ノードに専属 | レイテンシ最小だがQPU利用率が低い |
| ④ Combined | 上記の組み合わせ | 現実的なデプロイの落としどころ |
JUNIQ では現在、D-Wave annealer、PASQAL の中性原子システム、IQM の超伝導機など、多様なモダリティを並列運用しています。「QPU が単一台しかない場合は Cloud Access が理にかなう、複数同型 QPU がある場合は node-local が選択肢になる」という現実的な指針が示されていました。
このBoFで特に活発だったのは、Q&Aセッションでの resource estimation(リソース推定) に関する議論です。HPC では当然のように整備されている telemetry(観測可能性データ)が、量子側ではベンダーから出てこない、という問題が複数の登壇者から指摘されました。「ベンダーは知財・営業情報の保護を理由に消極的だが、HPC コミュニティとして粘り強く要求していくべき」という方向性で、議論が収束していました。BSC では既存の HPC モニタリングツール LIKWID の量子向け拡張を、開発元と共同で進めているとのことでした。
BoF: Quantum-Computing-as-a-Service(QCaaS)
同じく 6/24 の BoF "Quantum-Computing-as-a-Service: What Do Users Want Today and How Can One Provide It?" では、QCaaS の提供側と利用側、双方の視点から議論が行われました。
提供側の登壇者は GWDG(ゲッティンゲン)、LRZ(ミュンヘン)、Fraunhofer、Qoro Quantum、Forschungszentrum Jülich の代表者です。LRZ の登壇者は Euro-Q-Exa(IQM Radiance、2026年2月から運用開始)を年内に 100 qubit 超のシステムへアップグレード予定であること、現在4台ある量子計算機を年内に6台へ拡充すること、を紹介していました。LRZ のコンセプトは 「QPU を math library のように扱う」 で、ユーザがバックエンド実装を意識せずに QPU を呼び出せるレイヤを目指しているとのことです。
JUNIQ からは、Lufthansa Group との Tail Assignment 問題 の共同研究事例が紹介されました。航空機の割当問題を中規模の量子デバイスに縮約して評価したところ、QAOA では成功確率が qubit 数に対し指数的に減少し、annealing 版でも改善は限定的、最終的に Guided Quantum Walk で成功確率がほぼ1に近い安定挙動を示したとのことです。「量子優位を示すのが目的ではなく、アルゴリズム適性を見極めるためのベンチマーク事例として価値がある」という整理が印象的でした。フロアからは「類似研究でも古典に対する優位は出なかった」という発言もあり、過度な期待を排した現実的な議論が展開されました。
利用側からは、フライブルク大学医学部の神経科学・BCI 研究者が登壇しました。健常者・麻痺患者向け Brain-Computer Interface で深層学習を活用している立場から、QCaaS への要件として以下を挙げていました:
- Conceptual accessibility:議論できる相手の存在 — 技術アクセス以上に重要
- Low-friction experimentation:Python ベースの慣れ親しんだ環境(scikit-learn 等)からのアクセス
- Performance assessment:古典との明確な比較メトリクス
- Hybrid workflows:HPC・AI インフラとの接続
「議論できる相手の存在」を技術アクセスより上に置く、という発言は、量子コミュニティと応用分野(医療AI)との距離の問題を端的に表していました。
パネル最終の投票では、QCaaS を前進させる最重要要素として 「明確なユースケースガイダンスと現実的な期待管理」 が最多得票となりました。クロージングコメントの中で「HPCユーザは自分のワークフローを量子に小さく切り出せる箇所を探し、相談に来てほしい」という発言があり、これも今回のISCを通じて感じた基調と一致していました。
HPC Solutions Forum: QDMI
6/24 の HPC Solutions Forum では、Aqarios(ミュンヘン拠点のスタートアップ)が QDMI(Quantum Device Management Interface) の実装紹介を行いました。
QDMI は前述の Munich Quantum Software Stack (MQSS) におけるハードウェア・ソフトウェアインターフェースの仕様で、TUM(CDA および CAPS)と LRZ を中心に、オープンコミュニティ主導で開発されています。オープンソース、ハードウェア非依存 を特徴とし、ベンダーロックインを回避することを目的としています。
設計思想として、HPCの成熟度(non-blocking resource usage、fair-share、observability、accountability)を量子側に持ち込むこと、QDMI Device Plugin という中間層でハードウェアバックエンドを抽象化すること、キャリブレーションデータをキャッシュしてレイテンシを最小化すること、などが説明されていました。Slurm コントローラと compute node の間に QDMI を配置するというデプロイ形態が典型例として示されており、既存の HPC 運用との統合が意識されていることが伺えました。
ユースケースとしては、QSCI(Quantum Selected Configuration Interaction) という量子化学計算と、AFQMC(Auxiliary Field Quantum Monte Carlo) が紹介されました。AFQMC については、古典コストの多項式オーダを削減するという内容の論文が、発表当日に arXiv にリリースされていました。
同じ Forum では、パリ拠点のスタートアップ C12 Quantum Electronics(カーボンナノチューブベースの qubit を開発)も登壇しました。同社が提示した「量子計算機を HPC に実装可能にする3つの要件」が分かりやすく整理されていたので紹介します:
- Speed — 単一 gate 性能ではなく execution cycle 全体の速さ
- Scalability — QEC 対応の製造可能性。「ソフトウェアではなくアーキテクチャの問題」
- Deployability — HPC 環境への適合性(冷却・footprint・運用複雑性・コスト)
10年後の2036年予測として、「価値を最も引き出すセンターは、最も大きい量子システムを持つセンターではなく、最もうまく統合したセンターになる」「ボトルネックは "compute" から "coordination" へ移行する」というメッセージが共有されました。プラットフォーム視点での議論の核心を突いていた発言だと感じました。
HPC Solutions Forum: GENCI と Alice & Bob 調達発表
6/25 には、フランスの GENCI から、ISC 直前週の6月17日に VivaTech で調印されたばかりの Alice & Bob 社の cat-qubit システム調達 に関する発表がありました。
主な内容は以下の通りです:
- 18 cat-qubit、"Helium" プラットフォーム
- 欧州初の early Fault-Tolerant Quantum Computer (eFTQC) の計算センター設置
- CEA の TGCC 施設に設置、GENCI の Joliot-Curie スーパーコンピュータと統合
- 2027年からユーザ利用開始予定
- 既存の Ruby(Pasqal)、Lucy(Quandela)に加わる形
GENCI 全体としては、将来的に欧州のエクサスケール機 Alice Recoque との統合を視野に入れた HPC + AI + 量子の統一プラットフォーム 構想を進めているとのことでした。
ここで興味深いのは、Riverlane の Deltaflow(前述)と Alice & Bob の cat-qubit が、QEC へのアプローチとして対照的な2つの方向性を示している点です。Riverlane は「モダリティ非依存のQECレイヤをソフトウェアで提供する」アプローチ、Alice & Bob は「ハードウェアの段階でビットフリップを抑制し、QEC 負荷を軽減する」アプローチです。さらに後述するNVIDIA Ising(AI による decoding 加速)も加えると、3つの異なる方向性がQEC戦略として並走している状況が見えてきます。
ポスター発表:ABCI-Q上の量子-HPCハイブリッド基盤

タイトルは "A Quantum-HPC Hybrid Computing Infrastructure based on Open-source Quantum Computer Operations Software" で、富士通、産業技術総合研究所(AIST)、大阪大学量子情報・量子生命研究センターの共同研究です。前述のABCI-Q上に、OQTOPUS(Open-source full-stack quantum computer operations software)というオープンソースソフトウェアスタックを構築し、HPC・量子・古典をシームレスに繋ぐ実用的なインフラを開発する取り組みです。
ABCI-Q は、AIST が運用する GPU ベースのスーパーコンピュータ(System H:2020 GPU、48,480 CPU cores)と、3種の量子計算機を統合した日本独自のプラットフォームです:
- System F:Fujitsu の 64-qubit 超伝導量子計算機
- System Q:QuEra の 260-qubit 中性原子量子計算機
- System O:OptQC の 100-qumode 光量子計算機
このように3つの異なるモダリティの量子計算機を1つのHPCインフラに統合した構成は、世界的にも類例の少ないものです。OQTOPUS は、これらを扱う上で必要となるジョブ管理、トランスパイル、キャリブレーション、デバイスゲートウェイなどを統合したフルスタックソフトウェアです。
ポスター発表ではHPCと量子コンピュータの連携に関する質問が多くあり、それらは本会期で議論されていた論点とかなり近いものでした。具体的には、
- HPC スケジューラとの統合の現状と将来計画
- QRMI / QDMI との互換可能性
- MQSS との比較
- openQSE との連携可能性
といったものです。後述する Workshop で議論された標準化動向と並走する位置にいることを再確認できる場となりました。
また、ABCI-Q プラットフォーム自体については、翌日 6/26 の QRUCH ワークショップで AIST の高野氏が "ABCI-Q: A Next-Generation Hybrid Computing Infrastructure Integrating AI, HPC, and Quantum Computing" として全体像を発表しています。
Workshop: QRUCH(6/26 午前)
最終日(金)の午前に開催された QRUCH 2nd Edition: Quantum Resources for Unified Computing Hub ワークショップでは、Oak Ridge National Laboratory(ORNL)の Travis Humble による Opening Keynote と、欧州・日本のセンターからの一連のライトニング講演、そしてパネルディスカッションが行われました。
このワークショップは ISC'24 の BoF "Towards Hardware Agnostic Standards in Hybrid HPC/Quantum Computing" → ISC'25 第1回 → 今回が第2回という連続性のあるイベントで、HPCセンターに量子計算機を統合するための ミドルウェア に明確に焦点を絞っているのが特徴です。
ワークショップの構成上、特に印象に残ったポイントを抜粋して紹介します。
ORNL Keynote — Travis Humble (Quantum Science Center Director)
ORNL は2019年の Google Sycamore による量子優位実験で Summit を用いた古典側のシミュレーション検証を担当した経緯があり、その後の Quantum Supremacy ベンチマークの進化が詳細に紹介されました。2025年の論文では、同等問題を Frontier で実行すると 60億年(地球より古い) かかると見積もられるそうです。
ORNL の具体的な研究例として、Quantum Twin という概念が紹介されました。Potassium Copper Fluoride(KCuF₃)の1次元 XYZ Heisenberg model(50サイト)を IBM の Heron processor "IBM Boston" で実装し、ORNL の Spallation Neutron Source で得られた実験スペクトルと比較するというものです。Entanglement Witness(Quantum Fisher Information 由来)を用いて基底状態のエンタングルメントを定量化していました。
興味深かったのは、量子計算機の結果がノイズレスな Tensor Network 計算より実験と一致して見える、という現象を「両者が異なる起源のノイズで偶然似ているためで、ミスリーディングである」と正直に開示していた点です。誇張せずに現状を提示する姿勢は、研究発表の在り方として参考になります。
また、米国側の取り組みとして openQSE(Open QHPC Software Ecosystem) の活動が紹介されました。後述する Amir Shehata(ORNL)が主宰する Working Group で、HPCセンター、量子計算機ベンダー、システムインテグレータ、ユーザが横断的に参加しているとのことです。あわせて、ORNL は Quantum Brilliance 社(オーストラリア発)のダイヤモンドNV qubit ベースの量子計算機クラスタ Quoll(3 QDK × 2 qubit = 6 qubit 構成)を、OLCF の Advanced Computing Ecosystem testbed に設置していることも紹介されました。室温動作するダイヤモンドベースのため、超伝導と異なり大規模な冷却インフラを必要としないという特徴があります。
BSC:Circuit Cutting と Quantum Circuit Cache
BSC からは、Qdislib ライブラリを用いた circuit cutting と Quantum Circuit Cache の実装について発表がありました。複数の circuit cutting 手法を Qiskit / Cuda Quantum などに対応させており、circuit cutting で生成される「syntactically 異なるが semantically 等価」な回路に対して ZX-calculus で意味的同値性を判定し、キャッシュから前回結果を再利用するという仕組みです。QPU 実行は逐次的なため、回避できる実行を critical path から除去できることで、大きな高速化が得られるそうです。
質疑では「最大のブロッカは何か?」という問いに対して、ユースケースの不足 が挙げられていました。「現実的な hybrid workflow が手元にないと、orchestration / scheduling の設計は仮想的なものになってしまう」という指摘は、おそらく多くのHPCセンターに共通する課題だと思います。
PSNC(ポーランド):4つの統合シナリオ
PSNC(Poznan Supercomputing and Networking Center)からは、EuroHPC PIAST-Q(trapped-ion 量子計算機)の deployment と、4つの統合シナリオが提示されました:
- Tight integration:1 QPU + 多数 CPU/GPU。Slurm SPANK plugin で QDMI 対応
- Multi-QPU + Multi-GPU:NVIDIA との協業で複数 photonic + 複数 GPU
- Cloud + Tight integrated 共存:トレーニング用途には軽量クラウドフロント
- Distributed Quantum Computing:Warsaw 拠点との entanglement 接続
PSNC が運営する欧州最大のHPCセンター間ネットワークを土台に、将来的には Quantum Internet(センサーを含む量子デバイスの統合)まで視野に入れているという話でした。
CINECA:Smart Job Scheduling 実験
CINECA からは、3つのスケジューリング戦略の比較実験が紹介されました。
| 戦略 | 動作 |
|---|---|
| Baseline | 全 HPC + 全 quantum リソースをジョブ開始時に確保 |
| Workflow | 古典 job と quantum job を順次切替 |
| Malleability | 最小 CPU リソースで常時実行、追加リソースは利用可能になり次第追加 |
Leonardo(CINECA の Top500 12位HPC機)と emulated QPU での実験では、Malleability アプローチで HPC リソース利用を50~64%削減 できたとのことです。特に中性原子のように quantum job 自体が長時間(数時間)を要するモダリティでは、これらの動的スケジューリング手法の効果が大きいとのこと。今後の運用設計の参考になりそうな知見でした。
ABCI-Q(日本 AIST):AI Scientist 視点
日本からは AIST の高野氏が、ABCI-Q プラットフォームの全体像と将来構想について発表しました。ABCI-Q は、GPU ベースの AI スーパーコンピュータと3種類の量子計算機(超伝導、中性原子、光)を統合する、世界的にも類例の少ない構成です。
特徴的だったのは、将来構想として AI Scientist を見据えた agentic workflow の議論です。「2030年代には AI scientist が自律的に実験設計・実行を行うようになる」という前提のもと、AI モデルの量子ドメイン能力を評価するベンチマークを ABCI-Q で開発しているとのことでした。AI scientist 時代の HPC は API、preserved security、governance、billing などすべてを agentic centric に再設計する必要がある、というメッセージは、欧州側のシステム統合中心の議論とは少し異なる方向性で印象的でした。
JUNIQ:Integration Mode と Captiva appliance
ワークショップの最後に近いライトニング講演では、6/24 のBoF にも登壇していた JUNIQ から、より詳細な統合モデルが紹介されました。Captiva という appliance ベースのソリューションを核に、identity server(NetIQ)と Slurm を統合し、複数モダリティの QPU を HPC system-global モードで運用しているとのことです。
Continuous Benchmarking の取り組みも興味深く、HPC 監視ツール LIKWID を量子向けに拡張し、1時間に1回 QPU で簡単なベンチマークジョブを実行することで、calibration drift などを継続的にモニタリングしているとのことでした。「クラウドで利用しているだけではこのデータは取れない」というコメントは、オンプレ運用の意義を端的に示しています。
Workshop: 量子-古典統合の標準化議論(6/26 午後)
6/26 午後は 5th Workshop on Quantum and Hybrid Quantum/Classical Computing Approaches が開催されました。午前の QRUCH と同じく量子-HPC統合がテーマですが、こちらは特にソフトウェアスタックの標準化議論に焦点が当たっていました。
NVIDIA:CUDA-Q / NVQLink / Ising のフルスタック
最初に登壇したのは NVIDIA からの発表で、量子戦略として、過去20-25年の accelerated computing stack 構築の経験を、次の "accelerator" である量子計算機に適用する、という位置付けが示されました。製品スタックは:
- CUDA-Q:量子版 CUDA、オープンな開発者プラットフォーム
- cuQuantum:量子シミュレーションの GPU 加速
- CUDA-QX:ドメイン特化のビルトインカーネル
- NVQLink:Quantum System Controller と GPU 間の高速インターフェース
特に注目すべきは、2026年4月にリリースされた NVIDIA Ising という、量子コンピューティング用のオープンソースAIモデルファミリーです。Ising Calibration(Vision Language Model)が量子プロセッサのキャリブレーションを自動化し、所要時間を従来の数日から数時間に短縮します。Ising Decoding(3D CNN ベース)はリアルタイム QEC デコーディングを行い、現在の業界標準である pyMatching に対して 2.5倍高速、3倍精度 を達成しているとのことです。IQM、IonQ、Atom Computing など、幅広い量子企業・研究機関で早期採用が進んでいるそうです。
CEO の Jensen Huang は「AI is the control plane — the operating system of quantum machines(AIは制御プレーンであり、量子マシンのOSである)」と表現しているとのことでした。NVIDIA がハードウェアを作らずに量子コンピューティング業界に深く食い込んでいく戦略が、明確に見えた発表でした。
Dell Technologies:NVQLink × Power Edge の検証
続いて Dell Technologies から、Dell Power Edge サーバを使った NVQLink 経由の量子-古典接続の検証結果が発表されました。FPGA エミュレートした量子システムコントローラと Dell サーバを RoCEv2 で直結することで、サブマイクロ秒のラウンドトリップレイテンシを達成したとのこと。GPU 世代(Blackwell)と FW リリースレベルでさらに性能が向上することも示されていました。実機ベースの数値が出ているのは説得力があります。
STFC Hartree Centre:QRMI
英国 STFC Hartree Centre からは、QRMI(Quantum Resource Management Interface) が紹介されました。これは前述の QDMI と並ぶ、もう一つの抽象化レイヤの試みです。
QRMI の特徴は、SDK ではなく インフラ抽象化レイヤ に徹していること、既存の SDK(Qiskit, Cirq, etc.)はそのまま使い、HPC リソースマネージャ(Slurm 等)が量子計算機を GPU と同じスケジュール可能リソースとして扱えるようにすることです。10個程度のメソッドだけで構成された軽量設計で、ベンダー非依存、オープンソースという方針も QDMI と類似しています。
QDMI との違いについて、登壇者は「QDMI は compiler 寄りの設計で量子バックエンドの詳細情報を提供する。QRMI は HPC ユーザ視点で、scheduler から最小限の情報で利用可能にすることに集中している」と説明していました。「どちらかが残るかはこれから、両方を deploy して what sticks(何が残るか)を見極めるフェーズ」というスタンスです。
openQSE:オープンな量子-HPC連携エコシステム
ORNL の Amir Shehata からは、openQSE コミュニティの活動状況が報告されました。多数のソフトウェアスタックが各機関で独立に開発されてきた現状に対し、共通化のために weekly meeting を開始し、現在は Joint Development Foundation / Linux Foundation へ参加する手続きを進めているとのことです。複数の Working Group(Software Architecture、System Architecture、Quantum Resource Management Interface、Compiler Infrastructure)で議論を進めており、特に QRMI WG では QDMI と QRMI を組み合わせて shim layer を試作 し、最終的には統合された一つのインターフェースに収束させることを目指しているそうです。
「現状はぐちゃぐちゃ。これを open compute ecosystem に収束させていきたい」というメッセージは、続いて登壇した Munich Quantum Software Company の Lukas Burgholzer(CTO)からも繰り返されました。Lukas は QDMI を IBM システムに実装する具体的な手順を sequence diagram で詳細に紹介していました。
Pasqal:CINECA "Sol" 統合と second-level scheduler
Pasqal からは、CINECA の "Sol" システムでの統合方針が紹介されました。
特徴的だったのは、Slurm SPANK plugin + QRMI に加えて、Pasqal 固有の軽量な middleware レイヤ(second-level scheduler)を導入している点です。認証、queueing、accounting の機能を持ち、クラウドと HPC を一つのプラットフォームで扱えるようにする設計です。「中央集権的な標準だけでなく、ベンダー固有の事情も小さく吸収する層が必要」という現実的な設計思想が見えました。
IBM Quantum:Practical Quantum Advantage と階層型 QEC
IBM Quantum の Antonio Corcoles からは、IBM の量子-HPC統合の全体像と、特に Quantum Advantage の評価基準、QEC アーキテクチャの考え方について発表がありました。IBM のロードマップでは、2028~2029年に fault tolerance を実現する ことが公的なターゲットとして示されています。
Quantum Advantage の議論で印象的だったのは、IBM が2年前に提案した "Quantum Utility" という概念との区別です。Quantum Utility が「brute-force 古典シミュレーションを超えた状態」を指すのに対し、Quantum Advantage はより厳密に、(1) 数学的に rigorous な confidence bound 付きの精度、(2) variational problems での上界改善、(3) 大規模回路の分布の偏りでの判定、という3つの基準で評価されます。「'X' という claim が出ては後に古典で覆される」という過去の繰り返しを避けるため、透明で再現可能な評価を community に求めています。
QSCI ハイブリッドワークフローの実装も具体的に紹介されました。旧版では量子回路を NY のデータセンターで約1時間実行 → 完了後に古典側で subspace diagonalization、という流れでしたが、改善版では量子側で次の circuit を実行する間に古典側で前回の post-processing を進めるパイプライン化を導入し、効率と scientific yield の両方が改善したとのことです。
QEC については、IBM が 3層の階層型アーキテクチャ を採用していることが説明されました。オンチップ近くの Local layer(高速 FPGA で即時 syndrome 処理)、上層の Logical layer(codeblock 単位の operations、スループット重視)、HPC クラスタ上の Cluster layer(higher-level decoding algorithms)の3段構成です。毎マイクロ秒あたり大量のシンドロームデータをリアルタイムにデコードする必要があるため、単一の場所では解けない、という認識からくる設計でした。NVIDIA Ising の階層的アプローチ、Riverlane Deltaflow、Alice & Bob cat-qubit と並んで、QEC へのアプローチが多様化していることを再確認する発表でした。
Peter Coveney(UCL):量子計算機を使った実応用
ワークショップの最後を飾ったのは、University College London の Peter Coveney 教授による科学アプリケーションの発表でした。「自分は real science をする立場、quantum technology で遊ぶ立場ではない」「自分の問題は exascale を要求する」という発言から始まる、地に足の着いた内容でした。
紹介された2つの応用が印象的でした。
ひとつは GPCR(G protein-coupled receptor、薬剤探索で3番目に重要なタンパク質)の active site 反応のシミュレーションです。分子全体は古典の MM、中間部分は DFT、active site の wave function だけを量子コンピュータへ、というマルチスケール QM/MM アプローチで、IBM の 127-qubit 量子計算機を使っています。量子部分から戻ってきた wave function に対して、10億×10億の行列対角化 を古典側で実行する必要があり、通常割り当てを受けられる 64 GPU では3週間かかるところを、NVIDIA との協業で 1,200 GPU を使って1時間 に短縮したそうです。量子コンピュータの登場は、量子側だけでなく古典側にも大規模な計算リソースを要求するという、非常に示唆的な事例でした。アルゴリズムも、最近は VQE ではなく QSCI が現実的とのことです。
もうひとつは 乱流の長時間予測 で、これは「AI for quantum」の逆である「Quantum for AI」の事例です。量子計算機を classical machine learning の prior(事前分布)として使い、IBM Garnet チップの12 qubits を使って実装したところ、neural operator や Gaussian process などの主要 ML が long time で崩壊するのに対し、quantum-informed ML は long time でも安定 した予測ができたとのこと。しかも従来の AI モデルと比べて大幅に少ないパラメータ・データ量で実現できているそうです。次のターゲットは「明日の天気予報」とのことでした。
全体所感:「量子-HPC連携」議論はどこへ向かうのか
5日間を通じての全体所感として、以下の点が特に印象に残りました。
第一に、欧州の量子-HPC integration が "実装" から "標準化" のフェーズに移行しつつある ことが明確に見えました。BSC、CINECA、LRZ、JSC/Jülich、GENCI、CESGA、PSNC が、すでに複数モダリティの量子計算機を並列運用しています。EuroHPC 統合プロジェクト(EuroQHPC-Integration)も、6/26 QRUCH での GENCI からの発表で「30パートナー、17 欧州国、6 量子計算機 × 6 supercomputer」という壮大なスケールで動いていることが共有されました。
第二に、議論の重心がハードウェアからソフトウェア・統合へ完全に移っている ことです。5年前であれば qubit 数や fidelity が話題の中心だったところ、現在は QDMI / QRMI、MQSS、SLURM 統合、リソース推定、observability といったプラットフォーム層の議論が中心になっています。
第三に、量子優位(quantum advantage)に対する慎重な姿勢 が広くコミュニティで共有されていました。Lufthansa の事例のように、「量子で古典に勝つ」ことを目的とせず「アルゴリズム適性を見極めるベンチマーク事例として価値がある」と整理する姿勢、過度な宣伝への警戒感が、複数のセッションで繰り返し言及されていました。
第四に、QEC がプラットフォーム議論にも入り込み始めた ことです。Riverlane Deltaflow、Alice & Bob cat-qubit、NVIDIA Ising といった様々なアプローチが並走しており、MegaQuOp(百万エラーフリー量子演算)の達成が近い将来のマイルストーンとして共有されていました。
一方で、量子-HPC連携の議論を聴いていて感じたのは、「あるべき姿」のインフラ議論は活発な一方で、具体的なアプリケーションとの繋がりが見えにくい という点でした。整理してみると、「量子-HPC連携」と一口に言っても、技術的には時間スケールが全く違う3つの層が混在しているように思います。
| 層 | 時間スケール | 代表的な技術 |
|---|---|---|
| ① 密結合(QEC層) | マイクロ秒〜ミリ秒 | NVQLink、Riverlane Deltaflow、NVIDIA Ising Decoding |
| ② Variational loop | 秒〜分 | VQE/QAOA等 の量子変分アルゴリズム、QDMI/QRMI による量子リソース抽象化とHPC側のジョブスケジューリング |
| ③ Workflow orchestration | 時間〜日 | QSCI、AFQMCのような重い古典後処理を伴う量子サンプリング |
ISC 2026 で主に議論されていたインフラ標準化のうちNVQLinkは主に①、QDMI/QRMI/openQSEは主に②の領域のための整備だと考えられる一方で、ユーザ側から現実の成果が出始めているのは③の領域です。ここに微妙な歪みがあるように感じました。
①は確かに密結合が必要な領域ですが、IBM、IQM、NVIDIA、Quantinuum などのベンダーが既に自前のスタックを構築している領域でもあり、オープン標準化の最終的な価値は未知数です。
②は FTQC が実現すれば中心的役割を失う可能性が高い 領域です。この領域の主要なアルゴリズムであるVQE等の変分アルゴリズムはNISQ時代のアルゴリズムであり、誤り耐性量子計算が実用化されれば、Quantum Phase Estimationなどの量子-古典反復が不要なアルゴリズムが主流になると思われます。Lufthansa の Tail Assignment 事例も、結局は「QAOA というアルゴリズムが本質的に不向きと確認できた点に価値」と整理されていました。
そして③は 量子-HPC連携として現状有用だと考えられているユースケースであり、FTQC 時代まで残る可能性がありますが、この領域での量子-HPC関係は「密結合」ではありません。QSCIの例が象徴的で、量子計算機で wave function を得たあと、巨大な行列を数時間かけて対角化する という構造になっています。これは「重い古典前処理 → 量子サンプリング → さらに重い古典後処理」というワークフローで、むしろ古典側が主役と言ってもよいかもしれません。
つまり、現在インフラ側で標準化されつつあるレイヤと、ユーザが実際に成果を出しつつあるレイヤが、必ずしも一致していないように見えました。
このような微妙な歪みが生じているのは、NISQ から FTQC への移行期に備える「保険」としての側面、ベンダーロックインを予防する調達戦略としての側面、HPC コミュニティの運用ノウハウが量子時代にも価値を持ち続けるためのストーリー作りとしての側面などがそれぞれが少しずつ寄与しているように思います。
この状況下で筆者のようなプラットフォーム側が取り組むべきことは、特定の用途に早期最適化せず、どんなアプリケーションパターンが主流になっても柔軟に対応できる汎用性 を確保しておくことかと考えます。
ただ、「汎用性を確保する」と言うのは簡単ですが、実際にはベンダーごとに異なる API、複数の標準化提案(QDMI と QRMI など)、HPC スケジューラの違い、アプリケーションパターンの多様性、それぞれに対応するコストが単独機関のキャパシティを大きく超える、という現実問題があります。
これは 我々単独の事情ではなく、量子-HPC 統合に取り組むすべての機関に共通する構造的課題で、openQSEなどがオープンコミュニティで進められているのも、まさにこの認識が背景にあると思われます。
上記を踏まえるとOQTOPUS の開発についても、オープンコミュニティと連携しながら共通部分を協調して築いていくことが、汎用性の確保を持続可能にする道筋ではないかと感じました。こうした取り組みは、量子-HPC 統合の不確実性が高い時期だからこそ意味を持つように思います。
来年の ISC 2027 もハンブルクで開催される予定です。1年でこの分野がどこまで進むのか、特に NISQ から FTQC への移行期に向けて、アプリ層とプラットフォーム層がそれぞれどんな選択をしていくのか、引き続き追いかけていきたいと思います。
参考リンク
- ISC High Performance 2026 公式サイト
- QRUCH Workshop(Quantum Resources for Unified Computing Hub)
- Munich Quantum Software Stack (MQSS) — Munich Quantum Valley
- QDMI 参照実装 — Munich-Quantum-Software-Stack/QDMI (GitHub)
- NVIDIA Quantum Computing — CUDA-Q / NVQLink / NVIDIA Ising
- EuroHPC JU Quantum Computing
- openQSE (Open QHPC Software Ecosystem) — GitHub
- OQTOPUS — Open Quantum Toolchain for Operators and Users (GitHub)
※本記事は社外公開を前提とした要約です。一部、各機関・企業の発表内容を簡略化して紹介しています。詳細は各組織の公式発表をご参照ください。