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1万量子ビットへの道:富士通が挑む“読み出し”の革新

 

こんにちは.量子研究所の才田です.2025年3月28日に開催されたFujitsu Quantum Day 2025 Japan [1] にて,ポスター発表を行いました.ここでは,その内容について紹介します.

 

量子コンピューターが社会を変える——
そんな未来に期待を寄せる声は,年々高まっています.

しかし,その実現には超えなければならない壁があります.
それは「スケーリング(大規模化)」です.

特に,数千,そして1万量子ビット以上を目指すためには,単に量子ビットを増やすだけでは不十分です.実は「それぞれの量子ビットの状態を適切に読み取ること」も,同じくらい重要な課題なのです.

本記事では,量子ビットを増やした世界でも量子状態の“読み出し”を持続可能にできるようにする研究を紹介します.

 

なぜ「読み出し」がボトルネックになるのか?

現在の超伝導量子コンピューターでは,量子ビットの状態は対応する共振器(resonator)を通じて読み取られます.富士通が公開している量子コンピューターでは,「4つの共振器を1つの信号線で読む」ということが行われています(図1).4つの共振器はフィルター回路を通して,信号を読み出す多重化点と電気的に繋がっています.すなわち,多重化点を介して読み出し周波数の4多重化をしていると言えます. これは,「4つの量子ビット(Q)と4つの共振器(R)」を単位格子として,単位格子数を増やすことで実装する量子ビットの数を増やしていることと対応しています.つまり,単位格子毎に1つの信号線で量子ビットの状態を観測していることになります.

しかし,大規模化すると,次のような問題が顕在化します.

  • 室温における信号源と信号線の数が増えすぎる
  • 冷凍機内部の信号線の数が増え,スペースが足りなくなる
  • 熱流入が増えて量子状態が壊れる

つまり,「配線の限界」がスケーリングの壁になるのです.

図1 現在の量子ビット状態に関する読み出し方法

富士通のアプローチ:読み出し信号の経路を変えて,効率を倍増する

富士通が提案しているのは,今まで用いてきた構造を活用できる,シンプルでありながら有効性のある発想です.量子ビット回路側の構造は変えずに,カバーチップ側に読み出し信号の経路を追加します.そして,2つの単位格子の多重化点を介して信号が伝搬できるようにすることで,量子ビットの状態を観測する時の情報量を2倍にします.これは,「2つの単位格子を同時に読む」ことで,読み出し周波数の多重度を2倍にするという発想です(図2).そのために用いる技術がフリップチップ接合(Flip-Chip Bonding)です.

図2 量子ビットの状態を観測する時の情報量を2倍にする方法

コンセプト:立体構造で回路をつなぐ

この研究の本質は,「回路を2階建てにする」イメージに近いです.

具体的には,

  • 量子ビット回路を覆うように置くカバーチップ側に,読み出し信号の経路Aを作製
  • 2つの単位格子の多重化点と経路Aをバンプで電気的に接続(ガルバニック接続)

することで,読み出し信号が経由する回路を2階建てにします.この構造により,

  • 配線数を増やさずに情報量を増加
  • 将来の大規模化に対応可能

することができるようになります.

実証:極低温環境での動作確認

電磁界シミュレーションだけでなく,テスト素子の試作と実験検証も行いました(図3).

これは,

  • 約80℃以下でバンプ接合を形成(量子ビット特性への悪影響を防止します)
  • カバーチップ側に読み出し信号の経路を作製
  • 量子ビットの動作温度(極低温)で評価し,フリップチップ非適用/適用のいずれにおいても,すべての共振器信号の読み出しを確認

したものであり,提案する構造でも回路として機能することを確認しました.

図3 テスト素子における極低温環境での実験実証

行った実験について,技術的な点を補足説明します.この実験は,テスト素子を希釈冷凍機の中で冷却して行いました.テスト素子では,量子ビット回路を模擬するように4つの共振器(R1, R2, R3, R4)を配置しました.4つの共振器は,feedlineと呼ばれる配線と容量結合しています.この配線にvector network analyzerという機器を使って高周波の信号を与え,透過特性(S21)を観察します.フリップチップ非適用の場合(Reference)と,feedlineの配線の一部をカバーチップ側に移してフリップチップで接続した場合(FC)について,S21をそれぞれ観察しました(*).すべての共振器の情報がdipとして観察されていることから,提案する構造が有効に機能するものであると考えています.

(*)希釈冷凍機内でReferenceとFCに接続した配線に入れてるattenuator(信号減衰器)の大きさには10dBの差があります.

今後の展望:量子ビットでの動作確認

この研究は,量子ビット特性を劣化させずに作製できること,及び,動作特性を律速しないこと検証していきます.富士通がスケーリングを行う単位格子での動作確認を経て,

  • 読み出しの効率向上(multiplicity向上)
  • 配線の制約緩和
  • 大規模化への現実的な道筋

を示していきたいと考えています.

量子コンピューターの未来は,一つひとつの地道なブレークスルーの積み重ねで形になります.今回紹介した技術は「見えないところ」でスケーリングを支える基盤技術です.

そしてその先には:

  • 新薬開発
  • 材料設計
  • 最適化問題の革新

といった未来が広がっています.その未来に向けて,確実な一歩を進めながら,1万量子ビットへの道を拓いていきたいと思います.

参考文献

[1] https://www.fujitsu.com/global/about/research/technology/quantum/event-202503/