
こんにちは、富士通研究所 先端技術開発本部の味曽野智礼、温水玲雄、佐藤里奈です。私たちはAI・HPC・クラウドなどの最先端領域の未来を支える次世代プロセッサ「FUJITSU-MONAKA」の開発に取り組んでいます。その最新動向を世界に発信すべく、2025/6/10~6/13にドイツのハンブルクで開催された国際会議ISC High Performance 2025(以下、ISC2025|https://isc-hpc.com/)に現地参加してきました。 本記事では、イベントでの展示内容や来場者からの反響、性能最適化に向けたOSS・コンパイラ開発の取り組みなど、FUJITSU-MONAKAの全体像と今後の展望をまとめてご紹介します。
FUJITSU-MONAKAプロセッサの展示概要
先端技術開発本部では次世代Armベースプロセッサ「FUJITSU-MONAKA」の開発を進めており、特長や関連するソフトウェアの取り組み、FUJITSU-MONAKAを搭載するサーバについて展示発表を行いました。FUJITSU-MONAKAは従来のHPC領域に加え、AIやデータ解析領域での活用を目指しており、高性能・高信頼性・省電力なプロセッサとして企業の多様なニーズに応えることを目指しています。本投稿では展示発表したスライドの説明と現地での反響について記載し、それによってお客様にどのような価値が提供されるかを解説します。
展示スライドはISC High Performance 2025をご参照ください。


FUJITSU-MONAKAブースの展示
このスライドでは、FUJITSU-MONAKAの特長と仕様について紹介しました。
本プロセッサの特長である、富士通独自のマイクロアーキテクチャ、最小のチップ面積で多コアによる高スループットを実現する3Dマルチコアアーキテクチャ、そしてハードウェア認証によりセキュリティを高めるConfidential Computingを取り上げ、これらの技術がもたらすメリット(高性能、エネルギー効率、高信頼性、および使いやすさ)をアピールしました。特に、「富岳」のGreen500 No1獲得で証明された、省電力と高性能を達成する富士通独自のマイクロアーキテクチャについて期待の声を多数いただき、スーパーコンピュータの経験から継承した技術への関心の高さがうかがえました。また、今回のイベントでは、複数の計算をベクトルのように一度に計算できるようにするベクトル演算命令を実現するSVE命令のデータサイズとして256bitを採用していること、水冷に対応していることを公開し、AIやHPC、クラウドなどの利用シナリオにおいて、実アプリケーションレベルで高い処理性能を発揮できる点を強調しました。
来場者からは、本プロセッサの主なターゲットについて多く質問をいただき、FUJITSU-MONAKAは汎用性や省電力性を重視しており、AI、HPC、クラウドなど幅広い分野をターゲットとしていることをお伝えしました。さらに、正式リリース前のアーリーアクセスについて詳しく話を聞きたいという方もいらっしゃり、FUJITSU-MONAKAへの関心の高さを改めて実感しました。
FUJITSU-MONAKAの幅広い活用に向けたOSSコミュニティでの取り組み
このスライドでは、FUJITSU-MONAKAの活用に向けた富士通のオープンソースソフトウェア(以下、OSS)コミュニティでの活動を紹介しました。
[スライド左]
AIアプリケーションはFUJITSU-MONAKAがターゲットとする重要なワークロードの1つです。富士通では線形代数演算を行うOpenBLASや畳込みなどのDeep Neural Network(DNN)で使用する演算を行う oneDNNのような高速演算ライブラリ、大規模言語モデル(LLM)を最適実行するvLLMやAI推論処理を最適化するOpenVINOをはじめとするAI系のフレームワークなど、15を超えるOSSに対してSVE命令を用いたベクトル演算やINT8(8bit整数)を利用した演算を適用することによる性能改善を実施しています(INT8を利用することにより従来の64bit/32bitと比べて計算に必要なビット数が削減でき、処理が高速化します)。なおFUJITSU-MONAKAでサポートするSVE2はSVEの上位互換となる命令セットであり、SVEによる最適化はFUJITSU-MONAKAに対しても効果を発揮します。今後もAIやHPCなどの幅広い領域で使用される主要なライブラリのArm CPUにおける実行性能を改善し、FUJITSU-MONAKAの性能が最大限引き出せるようにしていきます。これらの性能改善についてはISC2025のポスターセッションにおいても3件の発表を行っていますので、興味のある方は以下のポスターをご覧ください。ポスターセッションについては次回のTechBlogでも詳しく紹介します。
* Enabling vLLM on ARM for scalable LLM inference on resource-constrained servers (pdf)
[スライド右]
FUJITSU-MONAKAを搭載したサーバやシステムを実行させる基盤として必要なシステムソフトウェアに対しても、FUJITSU-MONAKA プロセッサ固有の対応や性能改善を実施するためのソフトウェア検証および改修を開始しています。例えばアプリケーションの性能測定において重要となるHardware Performance Counterについては、Linuxから使用できるperfコマンドやPAPIライブラリなどの性能測定ツールへの開発を行っています。またConfidential Computing (ハードウェアのセキュリティ機構を利用してユーザーVMデータを保護する機能)技術としてArmv9-Aで登場するArm CCA(Confidential Computing Architecture)に対しては、VM管理ツールであるlibvirtからCCAを利用可能にするためのパッチの投稿や、OpenStackやConfidential Containersなどのより上位のソフトウェアレイヤーから利用するためのコミュニティ上での議論を開始しています。近年セキュリティの必要性はますます高まっており、AI/HPC/クラウドなどの分野に関係なくユーザーデータを保護するためのConfidential Computingの技術が重要になると考えています。Arm CCAをサポートするCPUはまだリリースされておらず、富士通ではFUJITSU-MONAKAシステムからConfidential Computingが利用できるように開発に注力しています。
なおこれらのソフトウェアは全てOSS上で開発・公開され誰でも使うことができますが、広く利用されているエンタープライズLinuxからの利用ができるように、Red Hat社やSUSE社などの主要なLinux OSディストリビュータとの協業も進めています。
来場された方からは広く使われているOSSのライブラリや性能解析ツールがFUJITSU-MONAKAでも利用可能となることを期待される声を聞きました。今後ともOSSコミュニティへの参加・貢献を通してFUJITSU-MONAKAで利用できるソフトウェアの拡充に取り組んで参ります。
GCC/LLVMコンパイラに対する取り組み
ここでは特にC/C++/FortranアプリケーションをターゲットするGCC/LLVMコンパイラへの取り組みを紹介しました。
GCCおよびLLVMに対しては-mcpuオプションへのFUJITSU-MONAKA対応が今年の春のリリース(GCC 15.1, LLVM 20.1)にマージされました。これにより"-mcpu=fujitsu-monaka"のオプションを指定するだけでFUJITSU-MONAKAが実装している機能を活用した最適化・命令選択が自動的に行われます。
またHPCアプリケーションに多くの資産があるFortranプログラムについては、LLVMの新しいFortranフロントエンドであるFlangを利用することが性能面/機能面で有用であると考えており、Flangに対する品質向上に取り組んでいます。なおFlangでは様々な変遷を経ていくつかのコマンド名が使われてきましたが、プロジェクトの成熟度に合わせてLLVM 20.1.0(2025/3)より改めて"flang"のコマンド名が利用されています。現時点ではFortran 2008までの言語規格にほぼ対応しており、Fortran 2018/2023規格への対応も進められています。富士通では長年コンパイラ開発を行ってきましたが、その中で作られてきたコンパイラテストセットを利用してFlangのCI環境を構築しており、コミュニティへのフィードバックを通じてFlangの品質向上に貢献しています。このコンパイラテストセットは現在fujitsu githubのプロジェクトとして公開しており、将来的にはLLVMコードベースに統合することを目指して活動しています。
参考) コンパイラテストセット:
この他にもLLVMバックエンドにおけるループ最適化など、プロセッサ性能を最大限に引き出す最適化に取り組んでいます。展示を見に来て下さった方からはこれらのコンパイラに対する取り組みに注目される方も多く、GCC/LLVMコミュニティに対する活動に好意的なコメントも頂くことができました。
AIxHPCユースケースとしてのAIサロゲートモデル
このスライドではAIとHPCにまたがる領域のユースケースとして現在顧客との共創に取り組んでいる、AIサロゲートモデルについて紹介しました。
AIサロゲートモデルとは従来の物理シミュレーションをAIによる推論に置き換えることであり、シミュレーション時間の大幅な高速化を実現します。自動車などの工業製品の物理設計の初期段階において十分な精度を持つAIサロゲートモデルを利用することで、多様なアイデアに対して現実的な時間内でシミュレーションを行う事ができるようになります。特にここではFEM解析とよばれる物体の構造性能を数値解析的に求める演算に対し、グラフニューラルネットワークを利用したAIモデルを適用することを検証しています。検証を通じ、富士通では自動で最適なパラメータを探索する技術やそのままではメモリ上で扱うことのできない大規模なグラフデータを分割して計算する技術の開発などを行っています。今後はAIサロゲートモデルに対し、計算精度向上と汎用化という大きな課題の解決に向けたモデルの開発や改善、FUJITSU-MONAKAの性能を生かすための技術検討やCPU/GPUを組み合わせた時に性能を引き出すための開発を行う予定です。
FUJITSU-MONAKA Servers

このスライドでは、2027年の提供を目指して開発中のFUJITSU-MONAKA搭載サーバを紹介しました。
本サーバは、2Uのラックサーバとしての展開を計画しており、デュアルソケット構成(1ノードあたり288コア)を採用予定です。12チャネルのDDR5メモリモジュールや、PCIe 6.0(CXL 3.0対応)スロットを備えており、GPUやネットワークカードなどの拡張にも対応可能です。InfiniBandやEthernetを用いた高速なノード間通信に対応し、HPCや大規模AIクラスタに求められる高いスループットを支える設計となっています。 冷却方式については、水冷モデルと空冷モデルの両方を計画しており、多様な顧客ニーズに応えることが可能です。
特に今回のイベントでは、HPC分野に関心のある来場者が多く、水冷モデルに対して多くの期待の声をいただきました。HPC領域では、計算性能の要求により構成が大規模になる一方で、限られたスペースでの高性能運用が求められています。そのため、処理能力の高いCPUを高密度で実装し、かつ省電力で運用したいというのが、HPC顧客に共通する主な要望です。こうしたニーズに応えるべく、今回の水冷モデルの開発を進めており、現在Supermicro社と検討を進めています。CPU冷却を水冷化することにより FUJITSU-MONAKAの性能を最大限引き出し、19インチラックの2Uあたりに最大8基のCPUを高密度実装することを目指しています。
来場された方からは、TDP(Thermal Design Power、熱設計電力)に関する質問が多く、電力効率への関心の高さがうかがえました。FUJITSU-MONAKA Serverの水冷モデルでは、冷却効率に優れる水冷技術により発熱を効果的に制御し、装置内の温度を安定して保つ高効率な熱管理を実現しています。これにより、高密度実装でもTDPを抑えつつ高性能を維持できる点を説明しました。多くの方が性能と電力効率のバランスに注目していることが分かり、FUJITSU-MONAKAの価値がHPC分野にも確実に響いていることを実感しました。
Keynoteやセッションで見えたHPCとクラウドの未来
展示説明の合間にkeynoteやセッションを聴講しました。その中から興味深かった内容をいくつか紹介します。
TOP500
毎年夏に行われるISCならびに冬に行われるSCではTOP500をはじめとするスーパーコンピュータの性能ランキングが発表されます。これらのランキングの発表が初日のOpening Keynoteの後にありました。65回目となる今回のTOP500ではEuroHPC/Jülich Supercomputing Centreにより開発された"JUPITER Booster"と呼ばれるシステムが新しくトップ10にランクインしています(4位)。このシステムはCPUとGPUを統合したNVIDIA GH200 Superchipを採用しており、これによりトップ10のシステムのうち「富岳」(Fujitsu A64FX, 7位)とAlps(NVIDIA Grace/GH200 Superchip, 8位)を合わせて3つがArmアーキテクチャを採用しています(他はAMDまたはIntelによるx86)。Armアーキテクチャを採用したシステムが増えることによりArm向けソフトスタックやエコシステムの普及・拡大がさらに進んでいくと思われ、今後も動向に注目していきたいと思います。
HPCとCloudの統合
"Bridging the Gap: HPC in the Cloud and Cloud Technologies in HPC" と題されたセッションを聴講しました。HPCとCloud (Computing)はどちらも大規模な並列計算を行うことができるという点で似ていますが、従来以下の様な特性の差がありました。
- HPC … 専用マシン/クラスタ, 垂直統合的なソフト/ハードの利用, バッチjobの実行 ⇒ 高い性能
- クラウド… オンデマンドプロビジョニング, 幅広いソフト/ハードの選択肢 ⇒ 高い柔軟性
しかしながらクラウド技術の普及や大規模なAIアプリケーションの需要の高まりなどから、HPCの"高性能さ"とクラウドの"柔軟さ"をどのように組み合わせるのかという点が近年の課題の一つにあります。このセッションではHPC側とクラウド側の発表者からどのようにHPCとクラウドの技術を統合するのかについての発表と議論があり、HPC側からはSoftware-definedにHPCクラスタを分割するための技術、クラウド側からはプロビジョニング時に物理的に近いクラスタへの割り当てを行うことや高速インターコネクトを利用することについての発表がありました。またセッションの中ではHPCアプリをクラウド上で実行するのが良いのか、逆にクラウドアプリを従来のHPC環境で実行するのが良いのか、それともハイブリッドのアプローチが良いのか、ということも議題に上りました。
FUJITSU-MONAKAはHPCだけでなくAIやクラウドのワークロードもターゲットとしていますが、セッションを聴講してこれら3つの領域が互いに重なり合ってきているのだという実感を持ちました。FUJITSU-MONAKAプロセッサならびに搭載サーバの提供形態については現在様々な可能性を検討していますが、HPC/クラウドの互いの良い点を意識してハード・ソフトの両面から高性能かつ柔軟なシステムを作り上げていくことの重要さを改めて感じました。
おわりに
展示説明や質疑、セッションの聴講を通じてさまざまな気づきを得ることができました。また今回の展示ではコンパイラなどのOSSへの富士通の取り組みやFUJITSU-MONAKAサーバのスペックに興味を持たれた方が多くおられ、2027年のリリースに期待の声を頂くこともできました。今後ともソフトウェアとハードウェアの両面からFUJITSU-MONAKAが最大限に活用できるように開発に取り組んで参ります。
謝辞
この成果は、NEDO (国立研究開発法人新エネルギー・産業技術総合開発機構) の助成事業(JPNP21029)の結果得られたものです。