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「Fujitsu 因果AI」のご紹介 #1 因果アクション最適化技術 - fltech - 富士通研究所の技術ブログ

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「Fujitsu 因果AI」のご紹介(全3回) #1 因果アクション最適化技術

こんにちは。人工知能研究所の高木、岡嶋、小柳、小川です。

富士通では企業におけるデータドリブンによる意思決定を支援するため、「Fujitsu 因果 AI」を開発しました。この技術は、企業データから因果関係を分析し、それを用いることで、最も効果が高くかつ悪影響を及ぼさない施策を広範囲な情報をもとに推薦するものです。

2025年7月より、そのアップデート版を AI サービス Fujitsu Kozuchi (R&D) のラインナップとして提供を開始しました。

本記事から3回にわたり、この「Fujitsu 因果 AI」の魅力と技術的な背景をご紹介します。

Fujitsu 因果 AIは、従来の施策推薦技術が抱えていた、以下のような課題を解決するために生まれました。

  • 施策による悪影響 (副作用)の考慮が難しい
  • 複数の因果関係を同時に考慮できず、最適とは言えない施策を提案してしまう可能性がある
  • 単一データセットしか使えないので、データ量や偏りの影響を受けやすく、限定的な施策提案しか得られない

Fujitsu 因果 AIは、これらの課題を解決するため、以下の3つのコア技術で構成されます。

  • 因果アクション最適化技術
  • 統合因果探索技術
  • 知識誘導因果探索技術

Fujitsu 因果AIの概要
Fujitsu 因果AIの概要

本連載が、皆様の課題解決のヒントとなれば幸いです。また記事の最後には、本技術を試す方法についてもご案内します。

(1) 因果アクション最適化技術(本記事)
本技術は、数値データから事象間の因果関係を高速に分析し、その因果関係をグラフと自然言語の文章で説明します。さらに、その因果関係の結果を踏まえて、最も効果が高くかつ悪影響のない施策を推薦する技術です。

(2) 因果アクション最適化技術の実証事例 (11月14日21日頃、記事公開予定)
ビールの醸造プロセスにおけるパラメータ設計に本技術を活用した実証実験の事例をご紹介します。

(3) 統合因果探索技術・知識誘導因果探索技術 (11月28日頃、記事公開予定)
統合因果探索技術は、異なるドメインの複数のデータセットを統合した統合的な因果関係を分析し、1つのドメインの観測データセットでは説明できなかった広範囲な関係性の説明を実現します。また、知識誘導因果探索技術は、因果関係を探索するときの前提知識として過去の因果関係のグラフを活用することで、データ数が少ない場合でも信頼性の高い分析を実現します。

なぜ因果関係を捉える必要があるのか?

データ分析で相関 (correlation) は「一緒に増減している・同じタイミングで動いている」といったことしか教えてくれません。ところが、ビジネスで本当に知りたいのは「どの指標に手を打てば、狙った成果が効くのか」という因果 (causality) です。

たとえば「アイスの売り上げ」と「溺水事故の件数」には高い相関がありますが、両者を結ぶ直接のメカニズムはありません。真の原因は、両者に影響を与える“暑い日”という第3の変数です。同様に「国別チョコレート消費量とノーベル賞受賞者数」の相関グラフは有名ですが、チョコを配っても受賞は増えません。このような見せかけの相関(疑似相関)に惑わされず、正しい打ち手を導き出すためには、「もしXを変えたら、Yはどう変わるか?」という 介入 (intervention) の効果をシミュレーションできる因果分析が不可欠です。

因果アクション最適化で何ができるの?

因果分析のゴールは、「原因と結果」を図として解きほぐし、さらに望ましい結果を得るための具体的な施策に落とし込むことです。「Fujitsu 因果 AI」が提供する因果アクション最適化は次の2つの価値を提供します。

1) 因果探索 - まずは観測データから原因と結果を矢印で接続したグラフ構造 (因果グラフ)を明らかにすることができます。

因果グラフの例
因果グラフの例

2) 施策立案 - 得られた因果グラフを使い、「『残業時間』を増やさずに、『売上』を10%上げる」という目標と制約のもとで、どの変数にどれだけ介入すればよいかを提案します。

実例

  • 製造業: 理想のビール(味覚指標 pH、苦味 IBUなど)を入力すると、工場設定値(発酵温度やホップ投入量など)と完成品との間の因果関係を分析し、最適な製造設定値を提案します。
  • 組織エンゲージメント:従業員満足度を上げつつ、生産性を悪化させないための人事施策(研修時間、評価制度の重みづけ、福利厚生 ...) の最適な組み合わせを自動で提案します。

既存技術の課題は?

これらを実現するためには、以下の2つの大きな壁を乗り越えなければなりません。

  • スケールの壁: 代表的な因果探索アルゴリズム (PC, FCI, DirectLiNGAM など)は、変数が数百を超えると計算量が爆発的に増加し、現実のIoT センサデータや人事 (HR) データのような数千変数に対応できませんでした。
  • 施策の副作用: 因果構造が分かっても、「Aを上げつつB は下げない」といった複数の目的を同時に最適化するライブラリは少なく、十分ではありませんでした。「Aを10% 改善したらBが20%悪化した」といった想定外のトレードオフが発生しがちでした。

どうやって因果アクション最適化を実現しているの?

富士通は国際会議 ECML-PKDD 2024 で発表した独自アルゴリズム Layered LiNGAM と最適化技術を中核に据えて、これらの課題を解決しています。 fltech - 富士通研究所の技術ブログ

  • 高速な因果探索:「Layered LiNGAM」は、変数をレイヤー構造でまとめて処理することで、従来、計算のボトルネックだった因果順序の推定を劇的に高速化します。実験では、代表的なアルゴリズムである DirectLiNGAM に対して100倍以上の高速化を達成し、数千変数の実データでも現実的な時間での分析を可能にしました。
  • 複雑な制約下での最適化: 得られた因果グラフに対し 制約付き最適化を適用することで、「KPI A は維持しながら KPI B を最大化する」「コスト総額は○円以内」など複雑なビジネス要件(制約)を同時に考慮した、現実的な施策を提案できます。

ここではLayeredLiNGAMの基本的なアイデアを紹介します。通常、因果探索は①因果順序(トポロジカル順)の推定 と ②順序に従った辺の推定、という二段構えで行います。①では次の補題を用います。

 jについて単回帰残差 r_i^{(j)}=x_i-\hat\beta_{ij}x_jを作ると、

 x_j\ \text{が外生}\ \Longleftrightarrow\ x_j\ \text{は}\ {r_i^{(j)}}_{i\neq j}\ \text{すべてと独立}

が成り立ちます。

つまり、最も“独立度”が高い x_jを順に抜き出して因果順序を決定します。外生同定には変数と残差の独立性検定が必要で、検定1回の計算量を C、変数数を dとすると、順序推定の計算量は \mathcal{O}(C\,d^{3})に達します。この処理がボトルネックとなっています。

そこで、DirectLiNGAM が外生変数を1 つずつ抜くのに対し、Layered LiNGAM は外生集合(層)同時に抽出します。層化順序  \mathcal{LO}を導入して、


x_i=\sum_{j:\ \mathcal{LO}(j) \lt \mathcal{LO}(i)} b_{ij}x_j + e_i

を満たす層を上から順に除去します。外生集合 X_Jを重回帰で取り除いた残差系 \mathbf{r}^J も LiNGAM を満たすため(集合版の補題)、これを再帰して層化順序を得ます。結果として、ループ回数が「変数数  d 」→「層数  T\le d」に削減され、順序推定の計算量は概ね


\mathcal{O}\left(C\,T\,d^{2}\right)\quad(C:\ \text{独立性指標 1 回の計算コスト})

まで下がります。層が少ない大規模問題ほど効きます。

この工夫により、既存の技術に比べて大幅な高速化を実現しています。詳しくは詳細を解説したテックブログ記事をご覧ください。fltech - 富士通研究所の技術ブログ

LLM(大規模言語モデル)で分析はどう変わるのか?

さらに、LLMによる支援技術を搭載することで、分析のプロセスをよりスムーズでわかりやすいものにしました。具体的には、以下の3つの点でユーザをサポートします。

  • 事前知識の設定支援: ユーザが因果探索する前に設定する「事前知識」の抜け漏れを防止します。
  • 因果グラフの解釈支援: 分析の結果、複数の因果グラフが生成されるが、それらの因果グラフを読み解くことを支援します。また、因果グラフにおけるユーザが着目する変数の関係性を理解できるように支援します。
  • 施策の妥当性確認支援:提案された施策がなぜ有効なのかを、因果グラフとの整合性を確認することで、その根拠をわかりやすく説明します。

技術・機能の全体の流れ
技術・機能の全体の流れ

因果探索と因果アクション最適化を含め、技術・機能の全体の流れはこの図のようになります。それぞれの技術について、詳しく見ていきましょう。

事前知識提示技術

分析の精度を向上させるうえで、「AはBの原因になりうるが、逆はない」といった事前知識の設定が重要です。この技術は、事前知識の候補を提案することで、この作業をサポートします。

本技術の因果探索では、以下の4種類の事前知識を設定できます。

  • 因果順序は、ある変数が別の変数に影響を与える場合に設定します。
    • 例えば、「広告費→売上」と指定すると、広告費が売上に影響を与える因果関係を導出します。
  • 直接因果禁止は、因果関係がない場合に設定します。
    • 例えば、「身長や成績」と指定すると、身長から成績への直接の因果関係は導出されません。
  • 始点変数は、他の変数から影響を受けない場合に設定します。
    • 例えば、「出生地、年齢」と指定すると、これらが影響を受ける因果関係は導出されません。
  • 終点変数は、他の変数に影響を与えない場合に設定します。
    • 例えば、「顧客満足度」と指定すると、顧客満足度が影響を与える因果関係は導出されません。

事前知識設定画面
事前知識設定画面

本技術は、アップロードされたデータの変数名をもとにLLMを用いて事前知識の候補と、その根拠・確信度を生成し提示します。これによりユーザは、提示情報を手がかりに、抜け漏れを減らしつつ事前知識を簡単に設定できます。

因果グラフ・施策の説明技術

分析結果の複雑な因果グラフの解釈と、推薦された施策の理解を支援するため、LLMが自然言語で説明を生成する機能を提供します。

因果グラフの説明

  • 要約グラフの生成: 複数の因果グラフの分析結果から、代表的かつ重要な因果構造を抽出することで、「要約グラフ」を生成します。この要約グラフは、項目間の因果関係の出現頻度、および関係が巡回しないというルールに基づいて最適化されています。そのため、複数の因果グラフに共通する項目間の関係性が簡潔に集約され、変数間の因果関係の全体像が分かりやすく可視化されます。
  • 重要パスの列挙と説明: 要約グラフの中から、特に注目すべき重要な因果の連なり(パス)を抽出し、LLMが「なぜそのような関係があるのか」を専門知識がない方にも分かりやすく解説します。例えば、「リソースが豊富であれば、従業員が無理なく働けるようになり、従業員のパフォーマンスに良い影響を与えます。」といった具体的な説明が可能になります。この説明により、ユーザは複雑な因果グラフ全体を読み解かなくても、主要な因果関係の構造と影響を直感的に把握できます。

因果グラフの説明生成
因果グラフの説明生成

施策の説明

  • LLMが、推薦された施策と因果グラフ上の重要パスを照合し、なぜこの施策が推薦されるのかどの因果関係に基づいて効果が期待できるのかを具体的に説明します。例えば、「この施策は、残業時間を増加させることによりパフォーマンスを向上させることを目的としています。ただし、因果グラフによれば残業時間の増加はワークライフバランスを低下させることも示唆されています。」といった説明が得られます。これにより、ユーザは施策の妥当性を容易に評価し、意思決定を行うことが可能になります。

施策内容や因果グラフとの関係の説明生成
施策内容や因果グラフとの関係の説明生成

Fujitsu 因果 AI を試してみませんか

今回ご紹介した因果探索とアクション最適化の機能は、富士通のAI サービス 「Fujitsu Kozuchi」を通じて、APIとGUIで手軽にご利用いただけます。

プログラミングは不要です。CSV ファイルをアップロードするだけで、お手元のデータから因果グラフを可視化し、施策の候補リストを得ることができます。

ユースケース 入力 Kozuchi が提案するアウトプット
ビール開発 味覚チャート (苦味・甘味・香りなど)と工場設定値(発酵温度やホップ投入量など)に関するデータ、および、味覚チャートの目標値 発酵温度・時間、麦芽配合比、ホップ投入タイミングなど、製造レシピ全体
従業員エンゲージメント 現状サーベイ結果と目標スコア 研修内容、ピアボーナス額、上司との1on1 の頻度など、具体的な人事施策

プログラミングをすることなく, CSV をアップロードするだけで因果グラフの可視化と施策候補一覧が得られます。ぜひ皆さんのデータでも「もし... ならば?」 を即座に検証してみてくださ い。

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論文発表(ECML-PKDD 2024):
統計的因果探索の代表的モデル LINGAM を高速化する 「LayeredLINGAM」について発表しました。
技術ブログ解説記事
論文(Springer)

活用事例(Materials Informatics 特集):
#9: 材料の性質は何が原因で変化するの? 因果発見 AI がお答えします!
#10: 半導体デバイス設計への因果発見 AI の適用

プレスリリース:
「Fujitsu Kozuchi」因果発見技術のアップデートについて(2025/03/06)
幅広い業務システムの DX を加速する AI サービス「Fujitsu Kozuchi」を提供開始(2023/05/17)
人の判断や仮説を取り込み、高精度な因果関係を発見する AI技術を開発(2020/12/17)