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宇宙データオンデマンドで目指すもの

初めに

近年、人工衛星の数は飛躍的に増加し、宇宙からのサービスがより身近なものになってきました。スマートフォンの位置情報サービスや天気予報など、実は私たちの日常生活にも、すでに人工衛星が活用されています。 しかし、衛星データの活用には、まだまだ多くの課題が残されています。例えば、必要な時に必要な場所のデータが得られなかったり、データの取得から実際に使えるようになるまで時間がかかりすぎたり、費用が高額だったり。 富士通株式会社は、ICT(情報通信技術)を基盤とする企業として、これらの課題を解決し、宇宙データをもっと使いやすく、もっと価値あるものにするための研究開発を進めています。 本記事では、富士通が取り組む「宇宙データオンデマンド」というコンセプトと、それを実現するための3つの革新的な技術について、技術に詳しくない方にも分かりやすく解説します。特に、衛星上でAI処理を行う「衛星エッジコンピューティング」を中心に、その仕組みと可能性をご紹介します。

 「宇宙データオンデマンド」とは

もし、地上の好きな場所を好きな時に上空から撮影できたら、どうでしょうか?災害が起きた時の迅速な対応、環境の変化を見守るモニタリング、農作物の育ち具合を細かく管理する精密農業、道路や橋などのインフラ管理など、様々な分野で計り知れない価値が生まれます。人工衛星であれば、広大な領域を一度に撮影できるため、その便利さはさらに高まります。

従来の衛星データの課題

ところが、実際にはそう簡単ではありません。人工衛星は秒速8km程度(時速約28,800km、新幹線の約100倍の速さ!)という猛スピードで地球の周りを飛んでいます。90分もあれば地球を一周してしまうほどです。この速さで飛んでいる衛星の予定飛行を変更することは、高速道路を時速300kmで走る車が急に進路変更するよりもはるかに難しいのです。車は急ブレーキで止まれますが、衛星にはブレーキがありません。

さらに、衛星の打ち上げや運用には莫大な費用がかかります。そのため、従来の衛星データには次のような課題が常に存在していました:

  • 「欲しいデータがない」:特定の場所を特定のタイミングで撮影することが難しく、必要な時に必要な場所のデータが手に入らない
  • 「データが高い」:衛星の運用コストが高いため、データを取得するにも高額な費用がかかってしまう
  • 「タイムリーに情報が得られない」:衛星がデータを撮影してから、それが地上に届き、処理・分析されて使える情報になるまで、かなりの時間がかかってしまう

「宇宙データオンデマンド」という解決策

これらの課題を解決し、宇宙データをより身近で、より価値のあるものにするために、富士通では「宇宙データオンデマンド」というコンセプトを掲げています。「オンデマンド」とは「注文に応じて」という意味で、動画配信サービスのように、ユーザーが必要とする宇宙データを、必要な時に、必要な形で提供することを目指すものです。

具体的には、衛星の上でAI(人工知能)が画像を自動で分析し、お客様のニーズに応じた分析結果や洞察(データから読み取れる意味や気づき)を即座に提供します。これにより、地上の好きな場所の状況を、好きな時に、「画像を分析した結果」として手に入れるという理想を現実のものにしようとしています。

例えば、こんな使い方が考えられます。広大な農地を持つ農家の方が、自分の畑の状況を知りたいとします。従来であれば、衛星が撮影した画像を購入し、自分で分析するか、専門家に依頼する必要がありました。しかし「宇宙データオンデマンド」では、衛星上のAIが自動で農地を分析し、「この区画の作物の生育状況は良好です。一方、この区画は水不足の兆候が見られます。早めの灌漑(水やり)をお勧めします」といった具体的なアドバイスが、必要な時にスマートフォンやパソコンに届くのです。まるで、空から農地を見守る専門家が常に助言してくれるような、そんな未来を目指しています。

3つの技術の概要

「宇宙データオンデマンド」を実現するためには、革新的な技術が不可欠です。富士通では、以下の3つの技術を組み合わせて研究開発を進めています。

これらの技術は、料理に例えると分かりやすいかもしれません。「必要な材料を素早く選別する(衛星エッジコンピューティング)→丁寧に下ごしらえして品質を高める(観測データ高精度化技術)→様々な材料を組み合わせて美味しく調理する(大規模地理情報処理基盤)」という流れを作る、三本の柱のような関係です。

1. 衛星エッジコンピューティング

衛星上でAI処理を行い、必要な情報のみを地上に送信する技術です。これにより、通信量を大幅に削減し、情報を素早く届けることができます。例えるなら、現地の記者が重要なニュースだけをまとめて本社に送るようなイメージです。

2. 観測データ高精度化技術

粗い(解像度が低い)データや不完全なデータから、高精度で詳細な情報を生み出す技術です。これは、ぼやけた写真を鮮明にしたり、欠けている部分を補ったりする技術に似ています。限られたデータから最大限の価値を引き出すことができます。

3. 大規模地理情報処理基盤

多種多様な地理情報や産業データを統合し、地球上の産業活動をデジタル空間に再現する技術です。これにより、世界規模での物流や経済活動の予測・最適化が可能になります。まるで、世界中のビジネスの流れを再現したシミュレーションゲームのようなものです。

これら3つの技術は互いに補い合う関係にあります。(1)で効率よく情報を抽出し、(2)で品質を高めて精密にし、(3)で様々な情報を統合して分析・意思決定支援へとつなげます。それぞれが連携することで、初めて「宇宙データオンデマンド」という理想が実現できるのです。

衛星エッジコンピューティング

なぜ衛星上でデータ処理が必要なのか?

宇宙サービスの利用者がなかなか急速に増えない背景には、実は大きな技術的な壁があります。それは、衛星から地上へのデータ伝送帯域(一度に通信できるデータ量)の制約や、地上でデータを処理するのに時間がかかりすぎる、という問題です。

従来のやり方では、衛星が撮影した膨大な量の生データ(撮影したそのままの画像データ)をすべて地上に送信してから処理していました。しかし、この方法には限界があります。なぜなら、衛星の観測性能が向上すればするほど、データ量も増え続けるからです。

例えて言うなら、大量の荷物を狭いトンネル(通信回線)を通して運ぼうとしているようなものです。荷物(データ)が増えれば増えるほど、トンネルが渋滞してしまい、荷物が届くまでに時間がかかってしまうのです。しかも、トンネル(通信回線)を広げるには莫大な費用がかかります。

「衛星エッジコンピューティング」という解決策

そこで鍵となるのが「衛星エッジコンピューティング」という技術です。「エッジ」とは「端っこ」や「近く」という意味で、ここではデータが生まれる場所(衛星)の近くを指します。つまり、衛星エッジコンピューティングとは、「衛星の上で、撮影した直後にデータを処理する」という技術のことです。

具体的には、衛星上で前処理・抽出・要約を行い、地上へ送るデータ量(ダウンリンク量)を大幅に削減しつつ、意思決定までの全体的な時間を短縮します。

例えば、衛星上のAIが画像を解析し、本当に必要な情報(検出した異常、識別した物体など)のみを送信することで、通信のボトルネック(詰まり)を解消します。これにより、災害監視のような一刻を争う状況で、迅速なアラート(警報)を送ることが可能になるのです。

「なーんだ、そんなことか」と思われますよね。ところが、ユーザーによってやりたいことは違うので、個々のユーザーに合ったプログラムで処理する必要があります。今までの人工衛星では、こんな対応はしていません。なので「取得したデータをみんなが好きに使える」ように全部のデータを地上に送って、地上で処理していたのです。でも、これからはきっと必要になる。富士通ではそう考えて、ユーザーが欲しいデータだけ取得できる仕組みの第一弾として、以下の3つの要素を同時に満たす設計技術の確立に注力しています。

  • 宇宙放射線によるソフトエラー耐性:宇宙空間には地上とは比べ物にならないほど強い放射線が飛び交っています。この放射線がコンピューターの電子回路に当たると、誤作動を起こさせる可能性があります(これをソフトエラーと呼びます)。そのため、放射線に耐性を持ち、エラーが起きても問題なく処理する仕組みが必要です。

  • プログラミング環境:ソフトエラーに対応するには、ハードウェアだけでなく、ソフトウェアでの対応も必要になります。これまでは、人工衛星や航空機向けのプログラムは高度に訓練された専門技術者によって、ソフトエラーに対応したプログラムが作られていました。これからは、少なくともユーザーが処理したい内容についてはユーザー自身でプログラムできるようなソフトウェア環境が必要です。

  • 電力制約下での高性能AI処理:衛星では太陽電池で発電した限られた電力しか使えません。そのため、少ない電力で高度なAI処理を行う必要があります。最近はスマートフォンでも、すごい三次元のゲームができるようになりましたが、発熱がすごいですよね。人工衛星では通常空気で冷やせないので、その意味でも使用電力を抑えないといけません。

以上、詳しい内容については、この記事の後半で説明します。

観測データ高精度化技術

衛星エッジコンピューティングと並行して、観測データ高精度化技術も重要な役割を担っています。この技術を一言で言えば、「ぼやけた写真を鮮明にする」ような技術です。

なぜこの技術が必要なのか?

衛星上でデータを絞り込む際、通信量を減らすために解像度を下げたり、一部の情報を省略したりすることがあります。また、雲に隠れて地表が見えなかったり、センサーの性能限界で粗いデータしか取れなかったりすることもあります。このような「不完全なデータ」から、できるだけ正確で詳細な情報を引き出すのが、この技術の役割です。

具体的な技術の例:降水量推定高精度化技術

富士通が開発を進めている「降水量推定高精度化技術」という技術で、分かりやすく説明しましょう。

この技術は、拡散モデル残差学習という2つの最新のAI技術を組み合わせています:

  • 拡散モデル:霧がかった写真から、霧を徐々に晴らしていってクリアな写真にする、というイメージの技術です。ぼやけた画像を段階的に鮮明にしていきます。

  • 残差学習:「正解そのもの」を学習するのではなく、「今の推測と正解の差(ズレ)」だけを学習する方法です。これにより、AIが効率よく学習でき、精度も高まります。

どんな成果が出るのか?

この技術により、例えば10km四方を1つのマス目として扱う粗い衛星データから、1km四方という細かい降水分布の地図を作り出すことができます(解像度が約10倍向上)。しかも、衛星データに含まれる「常に実際より多めに推定してしまう」といった系統的なズレも自動的に補正します。

結果として、雨量計が少ない海上や山岳地帯でも、「どこにどれくらい雨が降っているか」を精密に推定できるようになります。これは、災害の早期警戒、農業用水の計画、水資源の管理など、様々な場面で役立ちます。

大規模地理情報処理基盤

最終的に目指すのは、これまでご紹介した技術を統合し、地球上の産業活動に関わる情報を「知性」として活用する「大規模地理情報処理基盤」の構築です。

大規模地理情報処理基盤とは何か?

大規模地理情報処理基盤を一言で表すなら、「地球全体をシミュレーションゲームのように再現する技術」です。世界中の物流、製造、農業といった産業活動をコンピューターの中に再現し、「もしこの港が混雑したら?」「もし災害が起きたら?」といったことを、実際に試す前にデジタル上で検証できるようにします。

技術のポイント:六角形グリッドと時空間AI

大規模地理情報処理基盤では、地球全体を六角形のマス目(H3グリッドシステム)に分割します。六角形を使う理由は、中心から各角までの距離が等しく、物流の距離やコストを正確に計算できるためです。また、大きな六角形の中に小さな六角形を効率的に配置できるため、世界全体から地域まで、柔軟にズームイン・アウトして扱えます。

それぞれの六角形には、衛星から得た気象データや、地上センサーから得た船舶の位置、交通量などが格納され、これらがつながって巨大な「地理空間グラフ」を形成します。

このグラフ上で、時空間グラフニューラルネットワーク(STGNNs)というAIが活躍します。このAIのすごいところは、「場所と場所のつながり」と「時間の流れ」の両方を同時に理解できることです。例えば、ある港の混雑が隣の港に波及し(空間)、それが明日の配送遅延を引き起こし、来週の全体遅延へと累積する(時間)、といったパターンを学習します。

どんなことができるのか?

  • 問題の予兆を早期発見:「この混雑パターンは、過去に大規模遅延が起きた時に似ている」と気づく
  • 未来を具体的に予測:「3日後にこの地域で物資不足が発生する可能性が80%」と予測
  • 対策をシミュレーション:「この港の処理能力を20%上げると、全体の遅延がどれだけ改善されるか」を試せる

これにより、災害時の最適ルート発見、サプライチェーン問題の事前予測と回避など、産業規模の課題解決に貢献し、持続可能で豊かな社会の実現を目指しています。

宇宙でデータ分析!タイムラグをなくす「衛星エッジコンピューティング」の挑戦

宇宙空間におけるICT(情報通信技術)と聞くと、米SpaceX社が展開する「スターリンク」を思い浮かべる方も多いのではないでしょうか。高度550kmの低軌道に配置された数千個の小型衛星を使い、空さえ見えればインターネットが利用できるという点で、人口密集地を中心に整備されてきた通信インフラを補完するものとして注目されています。

大量の小型衛星を有機的に接続した「衛星コンステレーション」は、インターネット接続だけでなく、多数のカメラやレーダーを用いて、民事、軍事の両面で地上の植生、天候、資源調査などに活用され始めています。

低軌道衛星は秒速8kmという高速で地球を周回しており、取得される画像データは、移動による地上との角度や距離のずれなどから生じる歪みを含んだ、長大なリボン状のデータとして得られます。実用には、その莫大なデータの中から「いつ、どこの、何のデータが欲しい」という要求に応じて切り出す必要があります。衛星で取得された生データは、地上への送信のための圧縮解凍(L0処理)、必要な場所と時間を指定しての切り出し、ひずみ除去を行って地形図に変換(L1処理)、地形図にさまざまな物理データを紐付ける(L2処理)といった多段階の処理を経て、実用に適した付加価値を持ったデータとなります。しかし、従来、小型衛星に搭載できる計算機の能力ではデータの取得までが限界でした。最近やっと画像化(L1処理)まで可能になってきましたが、L2処理以降の実際の解析は、莫大なデータを通信で地上に落としてから行うことになります。

このため、どうしてもタイムラグが大きくなり、例えば地震や台風といった災害対策に活用しようとしても後手に回ってしまいます。もし、衛星軌道上でデータ解析が可能になり、数分で必要な画像データを得ることができるようになれば、準リアルタイムな対策がとれるようになり、一気に応用範囲が広がることが期待できます。

以上の背景から、富士通では宇宙利用工学の権威である山口大学 長井先生の協力を得て衛星に搭載可能なエッジコンピューティング技術の開発を開始しました。

エッジコンピュータを衛星軌道で動作させるためには、真空、放射線といった過酷な宇宙環境や、限定されたサイズ、重量、電力、放熱といった複数の課題を解決する必要があります。弊社が大型コンピュータからノートPC、スマートフォンといったICT機器の取り扱いを通して培ってきた高信頼性技術、小型化技術、省エネルギー技術などを駆使し、宇宙空間で「素早く」かつ「正確」に衛星データを処理する技術を提案します。以下に本技術を紹介します。

宇宙空間で素早くかつ正確に衛星データを処理」

宇宙でリアルタイム解析!「衛星内L2・高次処理技術」

一つ目は衛星内L2・高次処理技術です。省エネルギー技術とGPUを用いた並列処理による高速化技術を組み合わせることで、小型衛星で使用可能な限られた電力(20W)で、準リアルタイム処理に必要な時間(10分以下)内に、風速分布や波高分布といった付加価値情報(L2処理)を持つ地形画像を作成できることを検証しました。従来、地上基地との間でギガバイト(Gbyte)単位のデータ転送を行った上で、地上の計算能力を駆使して実施していたL2処理を衛星上で行うことで、地上とのデータ転送量を大幅に削減し、高速処理を実現します。

衛星内L2・高次処理技術

宇宙の過酷な環境に挑む!「FRSORA」高速高信頼性化技術

もう一つは「Fujitsu Research SOft error Radiation Armor(FRSORA)」と名付けた、高速高信頼性化技術です。メインフレームコンピュータ等に要求されるソフトウェア高信頼性化技術を応用しました。宇宙空間では地上とは比較にならないほど強い放射線を浴び続けるため、その影響による誤動作は避けられません。従来は誤動作発生時にシステム全体をリセットして再処理を行っていましたが、計算内容を複数に分割し、必要な箇所から再実行することで、リトライに必要な時間を最小化し、短時間で高信頼な計算が可能になりました。ソフトウェアによる放射線防護技術ということで「SOft error Radiation Armor」と呼んでいます。準リアルタイム処理で要求される時間内に複数回のリトライが可能になることで、衛星上で複雑で高難易度の計算を実行できます。

高速高信頼性化技術

これらの技術は、市販のCPU、GPUモジュール上に実装されています。専用ハードウェアではなく、大量のオープンソース資産を活用できる環境を選択することで、ユーザーが実現したいことを短時間で本環境上で動作させることが可能となり、開発期間とコストの最小化に貢献します。