量子研究所からオランダのデルフト工科大学に赴任し、ダイヤモンドスピン量子コンピュータのハードウェア技術の研究をしている岩井です。今回、オランダの量子週間(Quantum Meets '24)のメインイベントであるQ-Expoにて展示を行いましたので、参加報告します。
Q-Expo概要と富士通ブース
European Quantum Industry Consortium(ヨーロッパ量子産業コンソーシアム)とQuantum Delta NL(デルフト工科大学を含む5つのオランダの大学群からなる技術革新基盤)の共催による量子技術に関する初めての展示会です。オランダの首都アムステルダムで6月11日に開催され、主にヨーロッパで量子技術を研究開発している企業が20社以上参加していました。オランダは国の規模こそ小さいものの、量子技術の分野で高い専門性を持つスタートアップ企業が多いこともあり、量子ビットの制御装置を開発しているQBLOX社、量子コンピュータで用いる極低温用ケーブルを開発しているDelft Circuit社、量子ネットワークのハードウェア・ソフトウェアを開発しているQ*Bird社など、オランダ国内からの出展が目立ちました。オランダ首都での開催のおかげで、日本企業の商社やエレクトロニクス関連企業のヨーロッパ拠点からの来場者も見受けられました。
富士通のブースでは、デルフト工科大学と共同研究を行っているダイヤモンドスピン量子コンピュータの動作原理を模擬したモックアップの動作デモや量子ビットの母材となるダイヤモンドを載せたテストチップ、理研と共同開発した超伝導量子コンピュータの64ビット量子チップサンプルを展示し、富士通の量子研究開発について、主にハードウェア技術への取り組みを中心に説明を行いました[富士通の量子コンピューティング研究開発]。日本からの唯一の出展ということもあり、ほぼ途切れることなくたくさんの見学者に来ていただきました。見学者からの質問には、ダイヤモンドスピン方式の動作原理とそのメリットといった技術寄りのものから、超伝導量子コンピュータの今後の開発スケジュールや、複数のハードウェア方式に取り組むことの目的など、ビジネス寄りのものまであり、ブースはとても盛況でした。また、エレクトロニクス関連企業の関係者からは、自身の技術を富士通の量子技術と組み合わせることで大きな成果を生み出せるのではないか、などの提案やアプローチもあり、ヨーロッパでの量子技術への期待と関心の高さを伺わせるものでした。
研究紹介:ダイヤモンドスピン量子コンピュータの実装集積技術開発
私がデルフト工科大学と共同で取り組んでいる研究内容についてご紹介します。富士通とTU Delft/Qutechでは、ダイヤモンドスピン方式の量子コンピュータの研究開発として、ダイヤモンドスピン方式の量子ビットチップ、極低温CMOS・マイクロアーキテクチャ、極低温集積実装、量子アルゴリズムと量子エラー訂正など、全レイヤーで研究開発を行っています(https://qutech.nl/fujitsu-collaboration/)。私はその中で集積実装を担当しています。昨年、実装関連の国際会議 The 2023 IEEE 73rd Electronic Components and Technology Conference (ECTC2023)で、極低温での実装技術について発表した内容に関して紹介します。
タイトル:Cryogenic Integration for Quantum Computer Using Diamond Color Center Spin Qubits
研究背景:
量子コンピュータの研究開発が世界中で盛んに推進されていますが、ダイヤモンドスピン方式は、ダイヤモンド中のカラーセンターを量子ビットとして利用する方式です。特徴は、高い動作温度(1K以上)、1秒を超える長いコヒーレントタイム、光を用いた長距離のエンタングルが可能になります。ダイヤモンドスピン方式で使用する量子ビットは、フォトン、マイクロ波、磁場の3種類によって制御されます。ダイヤモンドスピン方式量子コンピュータの集積実装技術の主な取り組みは、電気・光混載、極低温動作、多数の量子ビットを集積する技術開発など多岐に渡ります。
今回開発した技術は、量子ビットとなるダイヤモンドナノビームと光導波路が搭載された量子ビットチップと、磁場やマイクロ波を入力するインターポーザまたは極低温動作するCMOSを、金バンプによりフリップチップボンディング接続する技術です。ダイヤモンドナノビームや光導波路はコンタミネーションがあると容易に光学特性が劣化します。金バンプの圧接接合は、はんだ材料と異なり実装プロセスにおいて洗浄不要でコンタミネーションとなる要素が少ないため、実装後の導波路や量子ビットの光学特性の劣化が少ないと期待されます。今回は、ダミーの量子ビットチップとインターポーザーを金バンプによる圧接接続を行い、10K (-263℃)まで冷却し特性を評価しました。
結果:
図1に評価チップ外観写真、図2に極低温に維持したときの金バンプと配線の抵抗値を示します。冷却によって断線することなく、極低温でも良好な導通が確認できました。また、金バンプとチップ間の接合の耐久性を検証するために300 Kと10 Kの熱サイクル試験を5回サイクル実施し、問題なくパスしました。図3には、金バンプの断面写真、電子顕微鏡像を示しています。拡大写真からも良好な接合が確認できました。本結果から金バンプによるフリップチップ実装技術が極低温で使用可能なことがわかりました。今後は、図4のようなPCBに実装した構造での極低温動作試験、極低温で量子チップを実装した状態での光入出力・導波路等の光学評価などの開発を進めていく予定です。
次稿の「Q-Expoに参加しました#2」では、ダイヤモンドスピン量子コンピュータにおける量子ビットとして、スズ原子Sn-空孔の複合体であるSnVカラーセンターを用いた方式についての研究内容を紹介する予定です。ご期待下さい!
参考文献
[1] T. Iwai, K. Kawaguchi, T. Miyatake, T. Ishiguro, S. Miyahara, Y. Doi, S. Nur, R. Ishihara, and S. Sato, "Cryogenic Integration for Quantum Computer Using Diamond Color Center Spin Qubits", Proc. IEEE Electronic Components and Technology Conf. pp. 967-972 (2023).