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fltech - 富士通研究所の技術ブログ

富士通研究所の研究員がさまざまなテーマで語る技術ブログ

Q-Expoに参加しました#2

量子研究所からオランダのデルフト工科大学に赴任し、ダイヤモンドスピン量子コンピュータのハードウェア技術の研究をしている石黒です。今回、オランダの量子週間(Quantum Meets '24)のメインイベントであるQ-Expoにて展示を行いました。富士通とTU Delft/Qutechは、ダイヤモンドスピン方式の量子コンピュータの研究開発として、ダイヤモンドスピン方式の量子ビットチップ、極低温CMOS・マイクロアーキテクチャ、極低温集積実装、量子アルゴリズムと量子エラー訂正など、全レイヤーで研究開発を行っています(https://qutech.nl/fujitsu-collaboration/)。私はその中でオンチップ量子ビットモジュールの開発を担当しています。前稿「Q-Expoに参加しました#1」に引き続きまして、Q-Expoにて展示した、もう一つの研究内容を紹介します。

ダイヤモンドスピン量子ビットを用いた光接続による大規模量子演算装置の構築に向けたオンチップひずみ制御モジュールの開発

私たちは、ダイヤモンドスピン量子コンピュータにおける量子ビットとして、スズ原子Sn-空孔の複合体であるSnVカラーセンターを用いた方式についても研究開発を行っています。ダイヤモンド中のSnVのスピン基底準位で構成される量子ビットは、従来タイプのNVセンターを用いたものと同様に、マイクロ波とレーザを使用して個別に量子状態を制御し光学的に読み出すことができるとともに、量子状態の保持時間が長く、放出する光子の発光効率が高いことから注目を集めています。他方、カラーセンターを用いた個々の量子ビットは、原理的に自身が放出する光子を介した量子もつれにより空間配置に依らず互いに接続されるため、高いスケーラビリティを有しますが、この光子の波長は同一でなければなりません。しかし、個々のSnVの量子ビットから放出される光子の中心発光波長は、周囲のひずみにより最大100GHz程度バラつくことが知られており、個別に補正をする必要があります。そこで私が所属するハンソン教授の研究グループでは、SnVの量子ビットの発光波長を個別に調整でき、かつ量子ビット間をチップ上で光学的に接続して大規模な量子演算装置(モジュール型アーキテクチャ)を構築できるようにするための要素技術として、オンチップひずみ制御モジュールの開発を進めています。

オンチップひずみ制御モジュールの形態として、私たちは図1のような支持体を有する導波路構造を提案しています。このモジュールは、導波路が土台とピラーのような支持体により中空に保持された形態をしており、導波路の上部と下部の電極間に与える電位差で誘電体であるダイヤモンド導波路の一端の変位に伴うひずみの大きさを制御することができます。この構造では固定されていない方の導波路端はほとんど変位しないため、外部導波路を用いてモジュール間を光学的に接続することができます。図2は、有限要素法シミュレーションを行い想定動作温度に近い4Kにおける導波路長軸方向のひずみ分布を評価したものです。図のように、電圧印可時にひずみは主にSnVの発光波長変化に対して感度の高い導波路長軸方向に生じることから、ひずみが集中する箇所にSnVを形成することで、その発光波長を効率的に制御できることが示唆されました。図3はピラーとの接合部に近い導波路内部(表面から50nm)にSnVを形成した場合を想定してSnVの量子ビットの発光波長シフトを見積もったものであり、150V程度の電圧印可で所望の性能(発光波長620nmに対し、0.15nm(117GHz)の調整幅)を実現できることがわかりました。私たちはシミュレーションと並行してモジュールの試作と性能評価も行っており、より高い性能と信頼性を両立するひずみモジュール技術の開発を進めていきます。

図1.導波路ひずみモジュール
図2.導波路内のひずみ分布         図3.SnV発光波長シフト量の見積もり

おわりに

今回、私たちはEuropean Quantum Industry ConsortiumとQuantum Delta NLの共催による記念すべき第一回目の展示会に参加し、ヨーロッパで量子技術の研究開発をしている研究者・技術者と直接対話するとても良い機会を持つことができました。また、富士通の量子コンピュータの研究開発に関するコミュニケーションを通じて多くの見学者に興味を持っていただけたことで、研究開発へのモチベーションがとても上がりました。私たちは、引き続き、オランダでの研究活動に取り組み、富士通の量子技術の更なる発展に貢献していきたいと思います。