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Early-FTQC時代を切り拓く!富士通と大阪大学が化学材料計算の新技術で量子コンピューティングを加速

近年、次世代の技術として注目を集める量子コンピュータ。医療、素材開発、そしてエネルギー分野まで、その応用範囲は計り知れません。しかし、実用化にはまだ高いハードルが立ちはだかっています。特に、量子ビットのエラー問題は深刻で、高精度な計算を実現するには、エラーを訂正するための冗長性が必要となります。そのため、現実的な計算には100万規模の量子ビットが必要とされますが、これは相当先の未来の技術であるのが現状です。

この課題に対し、私たちは画期的なアプローチを考案しました。量子研究所*1のロバスト量子計算CPJでは、「STARアーキテクチャver. 3」(富士通スモールリサーチラボ*2に基いて富士通と大阪大学*3で共同開発)と「分子モデル最適化技術」という二つの基盤技術を開発。これにより、従来の量子コンピュータの限界を打ち破ることに成功しました。*4

これらの技術は、数万量子ビット規模の「Early-FTQC時代」において、量子コンピュータの産業応用を劇的に加速させます。医薬品・新素材の開発期間を短縮し、化合物製造のエネルギー効率を向上させるなど、社会が抱える喫緊の課題解決に大きく貢献する可能性を秘めています。今回は、この革新的な技術の詳細とその展望について、わかりやすく解説していきます。少々ボリュームがありますが、ぜひ最後までお付き合いいただければ、量子コンピュータの未来がきっとより鮮明に見えてくるはずです!

量子コンピュータの早期実用化を可能にする技術:STARアーキテクチャ ver. 3

ここからは、富士通と大阪大学が新たに生み出した量子計算アーキテクチャ STARアーキテクチャ ver. 3 について、できるだけ平易にご紹介します。本技術のポイントは、量子コンピュータが使う基本部品(ゲートセット)そのものを修正・拡張し、状況に応じて最適な操作命令に切り替えられるようにしたことにあります。結果として、STARアーキテクチャの計算精度が大幅に向上し、量子コンピュータをより早期に産業応用できる未来が見えてきました。

そもそも「ゲートセット」って何?

量子コンピュータの計算は、少数個の基本操作(量子ゲート)を複雑に組み合わせた回路として表現されます。古典コンピュータで言えば、これらの基本操作はビットの足し算や掛け算などに相当するものです。量子計算は、この「基本部品の揃え方(ゲートセット)」と「各部品の品質(精度と速度)」が変わるだけで、必要な計算時間や量子ビット数、そして実現できる問題の大きさまで大きく変わってしまいます。 従来の誤り耐性量子計算(FTQC)では、代表的なゲートセットとして次のようなものがよく用いられます(それぞれの記号の意味は分からなくても大丈夫です):

 G_\rm{FTQC}=\lbrace \rm{CNOT},\it{H,S,T}\rbrace

ここで重要なのが Tゲート です。Tゲートは「位相を一定角だけ回す特殊な回転」で、行列の言葉で書くと次のように表せます:

 T=\begin{pmatrix}
1&0\\
0&e^{i\pi/4}
\end{pmatrix}

これは「角度が  \pi/4 に固定された“デジタル”回転」だと思ってください。 一方で、量子化学計算や時間発展シミュレーションといった代表的な量子計算タスクでは、 \pi/4 だけでなく、もっと細かいさまざまな角度の回転が大量に必要になります。そこで現れるのが 位相回転ゲート です。これも行列の言葉で書くと、

 R(\theta)=\begin{pmatrix}
1&0\\
0&e^{i\theta}
\end{pmatrix}

のように単純に表せます。こちらは  \theta を連続的に変えられるので、“アナログ”回転ゲート と見ることができます。つまり、Tゲートは角度が固定された「デジタル回転」、 R(\theta) は角度を自由に選べる「アナログ回転」という違いがあります。

従来FTQCの考え方:何でもできるが、コストが高い計算方式

従来のFTQCでは、こうした任意角の回転操作  R(\theta) を、そのまま直接実行するのではなく、主に Tゲート(とその他のS, Hゲート)をたくさん並べて近似する というアプローチ(Tゲート合成)を取ります。イメージとしては、

 R(\theta) \approx HTSHTSHTSHT…THTH

というような形式です。この方法は汎用性が高く、理論的には非常に強力です。しかしその代償として、高精度なTゲートを大量に実行する必要があります。 ここで問題になるのが、TゲートはFTQCの基本操作の中で最も “高価”な操作だという点です。これは通常、Tゲートを高精度で実行するのに「魔法状態蒸留」と呼ばれる複雑な前処理が必要になることに起因しています。

補足)魔法状態蒸留とは何か

FTQCにおけるTゲートは、「魔法状態」と呼ばれる特別な補助量子ビットを1つ消費することで実行されます。そして、この魔法状態を高精度に用意するための技術が 魔法状態蒸留(magic state distillation)です。これは、ざっくり言えば「たくさんの雑音まじりの魔法状態から、少数の高品質な魔法状態を作る」技術です。 Tゲートに対応する魔法状態 |T\rangleは、具体的に

 |T\rangle=T|+\rangle

のように記述されます。ここで、ケット記号 |\rangleは量子状態を表し、 |+\rangle |0\rangle |1\rangleの重ね合わせ状態 |+\rangle=\frac{|0\rangle+|1\rangle}{\sqrt{2}}を表します。

しかし、実際の量子デバイスで最初から完璧な魔法状態 を作るのは難しいため、最初はノイズを含んだ魔法状態を多数用意し、それらを組み合わせて、よりきれいなものへ「蒸留」する作業が必要になります。 この方法は非常に強力かつ汎用的ですが、弱点もあります。それは、大量の量子ビットを備えた、魔法状態専用の“工場”のようなモジュールが(プロセッサ部分とは独立して)必要になることです。つまり、どんな問題にも対応しやすい一方で、必要とされる量子ビット数が極めて大きいのです。これは利用可能な量子ビット数が限られているEarly-FTQC時代において由々しき課題だといえるでしょう。

富士通独自の量子計算アーキテクチャ:STAR アーキテクチャの登場

これに対して、2023年に富士通と大阪大学が共同で生み出した量子計算アーキテクチャ「高効率位相回転ゲート式量子計算アーキテクチャ(Space-Time efficient Analog Rotation quantum computing architecture: STARアーキテクチャ)」*5 は、発想が大きく異なります。Tゲートを大量に並べて位相回転を近似するのではなく、位相回転ゲート  R(\theta) をより直接的に、高速・省リソースで実行することを狙います。 図1に示すように、これまでに提案されたSTARアーキテクチャ(STAR ver. 1 / ver. 2)が扱うゲートセットは

 G_\rm{STAR}=\lbrace \rm{CNOT},\it{H,S,R(\theta)}\rbrace

のように表せます。つまり、従来のFTQCアーキテクチャで主役だったTゲート中心の世界から、任意角の位相回転そのものを前面に出したゲートセットへ切り替えようというわけです。位相回転ゲートを直接実行する具体的な手法は複数存在し、その性能の違いが STAR ver. 1 と STAR ver. 2 の区分に繋がっています(詳細は過去のTECH BLOG記事*6を参照)。

図1 従来FTQC、STAR ver. 1/2、STAR ver. 3 における論理ゲートセットの違い。STAR ver. 3 では、位相回転ゲートと論理Tゲートの両方を使えることが重要になる。
特にSTARアーキテクチャ ver. 2が採用している方法は 微小な角度の回転を大量に使う計算 と相性がよく、創薬や材料シミュレーションで重要となる量子化学計算において大きな強みを発揮することを昨年明らかにしました。

ただし、STARアーキテクチャにも弱点があった

一方で、これまでのSTARアーキテクチャ (特に ver. 2)には明確な弱点も存在します。それは位相回転ゲートの回転角が大きくなるにつれ、その実行速度と精度が大幅に劣化してしまうという点です。STARアーキテクチャは、微小回転ゲートが支配的な量子回路に対しては非常に強力なアプローチですが、そうでない量子回路の実行には大きな限界があったのです。

また、微小回転ゲートを実行する場合であっても、上記の課題に直面する場合があります。一般に、STARアーキテクチャでは  R(\theta) ゲートを直接実行しようとすると、ちょうど1/2の確率で  R(\theta) ゲートを達成できるのですが、残りの1/2の確率で逆回転の  R(-\theta) ゲートが代わりに実現してしまいます。このような失敗イベントが発生した場合は、回転角を2倍にして再度、 R(2\theta) ゲートを実行することで、 目的の  R(\theta)=R(2\theta)⋅R(-\theta) へと修正する必要があります。もちろん、 R(2\theta) ゲートも1/2の確率で失敗してしまうので、そのような場合はさらに回転角を倍にしてフィードバックさせます。このようなフィードバック処理を繰り返すことで、STARアーキテクチャは必ず最終的に目的の回転角を実現できます(これをRepeat-until-success (RUS)過程と呼びます)。この際、回転角の大きさは指数的に増大していくため、運悪くRUS過程が長引いてしまった場合は、大きな回転角でフィードバック処理する必要が生じます。このような大回転角操作がSTARアーキテクチャの主要なエラー要因となり、実行可能な回路規模を大きく制限してしまうというのが STARアーキテクチャ ver. 2の大きな課題でした。

そんな中、登場したのが「魔法状態栽培」

ここで重要になるのが、近年大きな注目を集めた 魔法状態栽培(magic state cultivation)*7と呼ばれる技術です。これは魔法状態蒸留と同じく、Tゲートに必要な高品質の魔法状態を作る技術ですが、発想としては「大規模な工場で大量生産する」というより、比較的小さな領域で、必要な状態をじっくり段階的に育てるイメージに近い方法です。 蒸留と栽培の違いを大まかに言えば、次のようになります:

  • 蒸留:広いスペースにたくさん集めて、濃縮して、高品質化する
  • 栽培:小さなスペースで、じっくり段階的に育てていく

もちろん、これはあくまで直感的な説明ですが、本ブログの読者向けにはこのイメージで十分です。重要なのは、栽培によって高精度なTゲートを従来よりも遥かにコンパクトに準備できることです。この新しい技術によって、従来のFTQCアプローチはより少ない量子ビット数でTゲートを実装可能となった一方で、STARアーキテクチャの技術的優位が部分的に脅かされるような状況にありました。とはいえ、STARアーキテクチャは依然としてアナログ回転に強みを持っており、FTQCに比べるとより高速かつ高精度に位相回転ゲートを実行することができます。

STAR ver. 3 の核心:ゲートセットのさらなるパラダイムシフト

今回新たに開発したSTARアーキテクチャ ver. 3 の本質は、ここにあります(詳細は 原論文*8を参照)。従来は、

  • FTQCアプローチ:Tゲート中心で汎用性は高いが、膨大な量子ビットが必要。
  • STARアプローチ:位相回転中心で高速かつ省リソースだが、苦手な回路がある。

という、いわば競合関係にある2つの考え方がありました。 今回のSTARアーキテクチャver. 3 は魔法状態栽培を上手く組み入れることで、この二者択一な状況を脱却しました。つまり、

 G_\rm{STAR v3}=\lbrace \rm{CNOT},\it{H,S,R(\theta), T}\rbrace

という新しいゲートセットを採用することで、位相回転ゲートと論理Tゲートの両方を使いこなす、より汎用的な計算マシンへと進化したのです。 これは図1の右側に対応します。従来FTQCはTを基本部品にして回転を作り、STAR ver. 1 / ver. 2 は位相回転  R(\theta) を基本部品にしていました。これに対して ver. 3 は、「位相回転を直接やる方法」と「Tゲートで堅実に組み立てる方法」の両方を組み合わせるようにしたわけです。以下で説明するように、これは量子計算の基本部品箱に新しい道具を追加したというより、用途の違う2つの道具箱を高度に統合させたという理解が近いでしょう。

STAR-magic mutation:自動で位相回転のモードを切り替える

上述のゲートセットの統合を通じて、より高速かつ高精度な位相回転ゲートの実装を可能にしたのがSTAR-magic mutation と呼ばれる新技術です。考え方は非常に明快で、まずはSTAR流の高速な位相回転ゲートを試し、RUS試行が長引きそうなら、途中で cultivation を使った Tゲート合成へ切り替えます。大まかなイメージは次の通りです:

  •  n \leq n_{th} の場合: 位相回転ゲートの実行モード = STAR-basedアプローチ
  •  n > n_{th} の場合: 位相回転ゲートの実行モード = Cultivation-basedアプローチ

ここで  n はRUS過程の試行回数、 n_{th} は切り替えの閾値です。 こうした工夫により、STARアーキテクチャ ver. 3は従来のSTAR アーキテクチャver. 2と比べて位相回転ゲートの論理エラー率をおよそ1/10から1/1000に改善すると同時に、さらに従来のFTQCに比べても位相回転の実行速度と精度を同時におよそ100倍に改善できることが理論的に示されました。また、ゲートセットを拡張することによって、任意の特徴をもった量子回路の実行が可能となりました。図2には各アーキテクチャごとにどれくらいの規模までの量子回路が実行可能かを示しています。

図2 従来FTQC(Cultivation)、STAR ver. 1/2、STAR ver. 3 で実行可能な回路規模(ゲート数)の比較。縦軸は実行可能な位相回転ゲートの数、横軸は実行可能なTゲートの数を表している。

まとめ:ver. 3 は「ゲートセットの再設計」である

STARアーキテクチャ ver. 3 をひと言で表すなら、「位相回転ゲートとTゲートを共存させ、状況に応じて最も効率の良い実行方法を選べるようにした、新しい量子計算アーキテクチャ」です。 従来のFTQCアーキテクチャは、Tゲートを中心に何でも組み立てる強い方式でした。他方、過去のSTARアーキテクチャは、位相回転を直接実行することで、速さと省リソース性を実現する方式でした。STARアーキテクチャver. 3 は、これらの2方式を対立させるのではなく、融合して使い分ける方向へ進みました。 この意味で、STARアーキテクチャver. 3 の進歩は単なる性能改善ではありません。量子コンピュータの基本部品の設計思想そのものを一段進めたことに価値があります。限られた量子ビット数で、より大きな問題を、より高精度に、より現実的な速度で解く。STARアーキテクチャ ver. 3 は、そのための有力な道筋を示した技術だと言えます。

分子モデル最適化技術:計算リソースの大幅削減

ここからはもう一つの重要な技術、計算対象の分子モデルを最適化する新技術についてお話しします。 量子コンピュータの有望な応用の一つが、分子の正確なエネルギー計算です。特に創薬や触媒設計において重要な強相関系分子では、従来の古典コンピュータではメモリ制約のために厳密計算が不可能となるケースが多くあります。 以下では、初期の誤り耐性量子コンピュータ(Early-FTQC)を前提とし、こうした分子エネルギー計算を現実的な計算資源で実行するための新しい最適化技術について紹介します。

背景:分子モデル分解と2つの計算手法

量子コンピュータ上で分子のエネルギーを求める際には、まず分子のエネルギーを表す量(ハミルトニアン)を、多数の「単純な操作の組み合わせ」に分解します。数式で書くと、次のような形です:

 \displaystyle \hat{H} = \sum_{l=1}^{L} c_l \hat{P_l}

ここで、 c_l は各項の重要度(重み)、 \hat{P}_l は量子コンピュータで実行できる基本操作(パウリ演算子)です。この分解を用いて時間発展( e^{it\hat{H}})を量子コンピュータ上で実装すると、その性質を利用して分子のエネルギーを高精度に推定することができます(量子位相推定と呼ばれる手法)。 このとき、各項の重要度  |c_l| に応じて、異なる実装手法を使い分けることが可能です:

  1. 時間発展法(Trotter分解): 回路は大きくなるが、決定論的に実行できる
  2. ランダムサンプリング法: 確率的に項を選んで実行する軽量な方法。回路は小さいが繰り返し実行が必要

分子ハミルトニアンでは、重要度の大きい項には前者、小さい項には後者を適用することで、全体の計算コストを削減できることが知られています*9。しかし従来手法では、ハミルトニアン自体は固定されており、与えられた重要度分布の中でしか最適化できませんでした。

本技術のポイント:分子モデル自体を最適化する

本研究では、分子のエネルギーを一切変えずにハミルトニアンの表現のみを変形し、項の重要度分布そのものを最適化する手法「Unitary Weight Concentration(UWC)」を提案しました(詳細は原論文*10をご参照ください)。 この技術を「車で荷物を運ぶ状況」に喩えて説明します。分子のエネルギー計算は、荷物を運ぶミッションに対応します。このとき、分子モデル最適化(UWC)は「荷物の積み方や運び方の計画」を最適化する技術です。 同じ距離でも、荷物の積み方が悪いと何度も往復が必要になりますが、重い荷物と軽い荷物をうまく整理すれば、少ない回数で効率よく運べます。UWCはこの「荷物の整理」に対応し、運ぶ内容(=分子のエネルギー構造)を変えずに、無駄な運搬を減らします。 具体的には、ハミルトニアンの表現を変換して係数分布  |c_l| を再構成し、

  1. 大きい項と小さい項のバランスを調整
  2. 時間発展法とランダムサンプリング法の役割分担を最適化

することで、量子回路中のゲート数を削減します。これにより、単なる回路最適化ではなく、アルゴリズムの構造に踏み込んだリソース削減が可能になります。 なお、この最適化は古典コンピュータやスーパーコンピュータ(HPC)上で実行されます。つまり、古典計算と量子計算を組み合わせることで全体の性能を最大化するアプローチとなっています。

図3:分子モデル最適化(UWC)の概念図

STARアーキテクチャver. 3×分子モデル最適化による大規模量子化学計算

これらの技術の有効性を検証するため、創薬分野で重要な「シトクロムP450」、アンモニア合成などに不可欠な「鉄-硫黄クラスター」、そして合成化学分野で注目される「ルテニウム触媒」という3つの分子を対象に、エネルギー計算に必要な量子ビット数と計算時間を評価しました。

検証対象分子の詳細

本技術の有効性を検証するため、以下の産業的に重要な分子を対象にリソース見積もりを行いました(詳細は上記の原論文をご参照ください)。 これらの分子はいずれも強相関性を持ち、古典コンピュータでは厳密計算が困難な規模です。また、以前のSTARアーキテクチャver. 2では計算不可能な問題サイズでした。

  • シトクロムP450:肝臓で薬物や毒物を分解する酵素群で、創薬における副作用や薬の効き方の違いを理解する上で重要です。本検証では、最も活性の高い中間体に対する62スピン軌道モデル*11を用いました。
  • 鉄–硫黄クラスター:光合成、呼吸、DNA修復、代謝など多くの生体反応に関与するタンパク質の活性中心です。グリーンアンモニア合成との関連でも注目されます。本検証では、4つの鉄と硫黄を含む72スピン軌道モデル*12を用いました。
  • ルテニウム触媒:有機合成、石油化学、工業プロセス、燃料電池など幅広い分野で利用される触媒です。本検証では、脱炭素技術として重要な、CO₂をエタノール燃料に還元するルテニウム触媒の58スピン軌道モデル*13を用いました。

図4:今回の数値検証で扱った3種類の分子模型

STARアーキテクチャver. 3による量子ビット削減と論理エラー率向上

リソース見積もりの結果、従来の誤り耐性量子計算(FTQC)と比較して、必要な物理量子ビット数をおよそ1/10~1/100に削減できることが分かりました。 従来のFTQCでは、「魔法状態工場」と呼ばれる大量の量子ビットを用いた仕組みや、多数の補助量子ビットが必要でした。これに対しSTARアーキテクチャでは、こうした追加リソースを大幅に削減できます。その結果、全体として必要な量子ビット数を大きく減らすことが可能になりました。 さらに、従来のSTARアーキテクチャver. 2では物理エラー率0.01%が必要でしたが、ver. 3では0.1%でも計算可能であることが分かりました。これは論理エラー耐性が大きく改善されたためです。この0.1%という値は、すでに実験で達成されている水準であり、Early-FTQC時代における実用的な量子計算が現実に近づいていることを示しています。

図5:3種の分子のエネルギー計算に必要な量子ビット数

分子モデル最適化(UWC)による計算時間の大幅短縮

さらに分子モデル最適化(UWC)の効果により、本手法を用いない場合と比べて、STARアーキテクチャver. 3上での分子エネルギー推定の計算時間をおよそ1/1000に短縮できることが分かりました。 具体的には、数十年以上かかると見積もられていた計算が、UWCによるゲート数削減により、数週間程度まで短縮されています。この結果は、現在のデバイスで現実的とされる物理エラー率0.1%を前提としています。

表:各分子に対する実行時間の見積もり(物理エラー率0.1%および0.01%)。括弧内は物理エラー率0.01%の場合の結果

                    
シトクロムP450 鉄-硫黄クラスター ルテニウム触媒
STAR ver. 3 36年(14年) 105年(34年) 39年(14年)
STAR ver. 3×UWC 36日(8.9日) 42日(13日) 28日(4.6日)

さらに、量子ハードウェアの性能向上に伴って実行時間の短縮が期待できるほか、複数の量子コンピュータによる並列実行も可能です。これらを踏まえると、実用的な時間スケールでの計算が現実的になりつつあると言えます。

図6:3 種の分子のエネルギー計算に必要な計算時間

意義:創薬・材料分野への量子計算の現実的な道筋

本研究の重要な点は、「将来の巨大な量子コンピュータ」ではなく、実験的に現実味のあるEarly-FTQCで産業的に意味のある問題を扱える可能性を示したことです。創薬、触媒設計、CO₂削減などの分野において、量子コンピュータの実用化に向けた具体的な道筋を提示する結果となっています。

まとめと将来展望

今回は、STARアーキテクチャver. 3と分子モデル最適化という2つの技術について解説しました。これらの技術開発は、Early-FTQC時代における量子コンピュータの実用化を大きく前進させるものです。計算リソースを大幅に削減し、現実的な時間で化学材料の正確なエネルギー計算を可能にすることで、創薬、新素材開発、カーボンリサイクル技術など、多岐にわたる分野での応用が期待されます。 今後もSTARアーキテクチャおよび分子モデル最適化技術をさらに発展させ、量子コンピュータが社会課題の解決に貢献する未来を実現するために、研究開発を加速してまいります。今後の量子コンピュータの発展に、ぜひご注目ください! 詳細については、以下のプレスリリースや同日に公開した論文*8, *10もご覧ください。

富士通と大阪大学、Early-FTQC時代の量子コンピュータで化学材料のエネルギー計算を可能にする新技術を開発