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fltech - 富士通研究所の技術ブログ

富士通研究所の研究員がさまざまなテーマで語る技術ブログ

カメラ画像を利用するときに、生活者のプライバシーを守るためにするべきことは?

こんにちは。富士通のデータ&セキュリティ研究所の牛田芽生恵です。富士通では複数のカメラ画像を利用したマルチカメラトラッキングの研究開発をしています(詳しくはこちらのブログをご覧ください!)。

しかしカメラ画像を利用したサービスやプロジェクトには、たとえ法律やガイドラインを遵守していても、プライバシーに対する不安を理由に、生活者の方々からの批判を集め、頓挫してしまったものがいくつもあります。

そこで今回、どのようなプライバシー保護の手法を導入すれば、生活者のみなさまの不安を払拭することができるのかを探るため、我々はアマゾンの奥地に向か・・・わずに、クラウドソーシングでアンケート調査を実施しました!

そもそもどんなプライバシー保護の手法があるの?

じつはカメラ画像のプライバシーを保護するための手法はすでにたくさん考えられています。ここでは代表的な方法を3つご紹介します。

  • 特別な暗号化

もともと顔画像や指紋などの生体情報を保護するために、数々の特別な暗号化技術が開発されてきました。カメラ画像に対してもカメラから得られたデータに特別な暗号化を施すことで、暗号化したままトラッキングをすることができる技術[1]が開発されています。この技術を使うことで、カメラ画像の意図せぬ漏洩が起こったとしても、画像の悪用を防ぐことができます。

  • 非視認化技術

カメラに自分の容姿が映ることそのものが嫌という方もいらっしゃるかと思います。みなさんがよく目にするような普通のビデオカメラを使わずに、姿形の外郭だけが映る特殊なセンサーを使って撮影することで、生活者のプライバシーを保護する技術[2]が開発されています。また、普通のビデオカメラの映像を即座に加工して、カメラに映りこむ人の容姿を隠す技術[3]も考えられています。

  • 働きかけのコントロール

カメラ画像そのものではなく、カメラ画像から知りえた、誰がどのように移動しているのかというトラッキング情報をどのように利用し働きかけを行うかを、生活者にコントロールできるようにする方法も考えられます。例えば、カメラの撮影場所に入るときに、このゲートを通った人はトラッキング情報をサービスに活用して積極的な働きかけをします、そうでない人のトラッキング情報は消し働きかけはしません、という仕組みを作ることで、生活者のひとりひとりが自分の意志で、働きかけの可否をコントロールできるようにすることができます。

このように、たくさんの技術や手法が考えられますが、法令やガイドラインの順守に加えて、上に挙げたものを全部取り入れるのは、カメラ画像を利用する事業者にとっては負担が大きすぎることとを思います。そこで、今回、どの手法がより生活者のカメラ画像に対する不安を払拭しうるのかを、アンケート調査しました。

どうやって調査したの?

今回、622人の被験者の方を対象に、ショッピングモールでお買い物中という想定で、どんなサービス、どんなプライバシー保護をしたら、そのサービスを利用したいと思えるかをアンケート調査しました。下の図のように複数の状況を提示し、「利用したい」から「利用したくない」を7段階で評価してもらいました。カメラ画像の利用の受け入れやすさは、カメラ画像によってどんなサービスが利用できるようになるかも影響すると思われたので、サービス内容にもバリエーションを持たせました。

実際のアンケート画面。全部で9パターンの状況を提示して評価して頂きました。

調査の結果は?

被験者の方々の回答をもとに、どのサービス、どのプライバシ保護の手法が、どのように「利用したい」という気持ちに影響したかを分析しました。

被験者の評価を目的変数、各プライバシー保護の仕組みを説明変数とし重回帰分析したときの回帰係数です。棒が長いほど影響が高く、右は正、左は負の影響を意味します。青色は有意水準0.05で有意だった項目です。

今回の調査の結果では、どのようにプライバシーを保護をするか・・・の前に、「カメラ画像を利用した積極的なサービス」をしないことが一番効果があるという結果となりました。「お客さまが呼んだときだけスタッフがお声掛け」することが一番であるという結果は、「働きかけのコントロール」がお客様の意志でできるようにすることの効果の高さを表しているように見えます*1。一方で、フリーコメント欄には「(カメラ画像を利用したサービスを利用することで)お買い物が効率的にできそう!」というポジティブな意見もありました。

1番効果的なプライバシー保護の仕組みは「働きかけのコントロール」がお客様の意志でできるようにするものでした。上の結果と合わせると、生活者の方々は、カメラ画像のプライバシーを守りたいというよりも、プライバシーを含むご自身に関するデータを使って、自分の望まない働きかけをしないでほしい、と思っているように見受けられました*2

一方で、「非視認化技術」にも一定の効果が見られました。フリーコメントにも「カメラに映りたくない」という意見があり、自分の姿形というプライバシーに関する情報は、やはり無為に取られたくない、隠すことができるのであれば隠したい、という方も多いことが伺えます。

今回、一番効果が見られなかったのは「特殊な暗号化」でした。暗号化はデータを安全に管理するために必須の技術です。暗号化したままトラッキングができる技術は、その安全性を高めることができる有益な技術ではあるのですが、生活者から見たときに、その効果は一言ではなかなか伝わりにくく、生活者の気持ちの変化にはそこまで影響がないということがわかりました。

CDS研究会で論文発表しました

今回の調査の結果は、今年1月に伊豆大島で開催された情報処理学会のコンシューマ・デバイス&システム(CDS)研究会で発表しました。今回の調査の詳しい内容は「カメラ映像を利用したサービスへの受容性を高めるプライバシー保護の仕組みの調査」という論文で紹介しています。

今回の調査は「カメラ画像利活用ガイドブック」の作成に携われた明治大学の菊池浩明先生との共同研究の中で行い、菊池先生にはたくさんのご協力とご助言を頂きました。この場を借りて、改めて御礼申し上げます。

おわりに

今回のブログでは、カメラ画像のプライバシーを保護するための手法をご紹介し、どの手法が生活者にサービスを「利用したい」と思ってもらえることに寄与するかを調査しました。調査の結果、自らの意志で働きかけの有無をコントロールできる仕組みを用意することや、容姿を隠すことができることなど、生活者の方が、自分で決められる&目で見てわかるプライバシー保護の手法が効果的であることがわかりました。これらの手法が生活者のみなさまのプライバシーに対する不安を払拭することの足掛かりになりそうです。これらの手法の実現に向けては、まだまだ課題もありますが、今後も、生活者のみなさまの声を大切にして、安心して新しい技術を使っていただくための取り組みをしていきたいと思っています!

参考文献

  • [1]. Zhao, B., Li, Y., Liu, X., Pang, H. H. and Deng, R. H.: FREED: An efficient privacy-preserving solution for person re-identification, 2022 IEEE Conference on Dependable and Secure Computing (DSC), IEEE, pp. 1–8 (2022).
  • [2]. 右京莉規,天野辰哉,廣森聡仁,山口弘純,東野輝夫:公共空間における三次元点群の不完全性に対して堅牢な歩行者トラッキング手法,情報処理学会論文誌, Vol. 63,No. 8, pp. 1361–1370 (2022).
  • [3]. Y. Ouchi., H. Uchida. and N. Abe.: Privacy-Preserving Image Transformation Method for Person Detection and Re-ID, 2023 Asia-Pacific Signal and Information Processing Association Annual Summit and Conference (APSIPA ASC), IEEE (2023).

*1:今回の調査では、VIF(Variance Inflation Factor)が1.33であり、多重共線性の問題は発生していませんでした

*2:不適切なデータから個人が望まない働きかけをされることを防ぐという概念はデータ・プロテクションと呼ばれています。人々が1番に望んでいるものは、もしかしたらデータ・プロテクションなのかもしれません。