皆さん、こんにちは!マッコーリー大学(オーストラリア・シドニー)のシュロモ・ベルコウスキと富士通研究所の竹内駿です。この記事では、富士通スモールリサーチラボ(SRL)の一つである、Fujitsu Macquarie AI Research Labでの活動を紹介したいと思います。
Fujitsu Macquarie AI Research Labは、2024年2月に正式に始動したSRLプログラムに最近加わった研究開発拠点の一つであり、アジア太平洋地域(日本を除く)および南半球における最初のSRLです。このラボの目的は野心的で、ヒューマンセンシングと生成AI技術を用いたパーソナライズされたデジタルコーチングプラットフォームの開発を目指しており、開発した技術はFujitsu Kozuchiを通じて順次提供していきます。このラボの革新的なアイデアをいくつか紹介しながら、富士通テックブログの読者の皆さんに、マッコーリー大学とこのラボがターゲットとする研究領域をご紹介します。
マッコーリー大学
マッコーリー大学はオーストラリアのシドニーにある若くて活気のある公立大学です。1964年に設立され、現在4万人以上の学生が在籍しており、産業界や政府機関と積極的に協力しながら、伝統的な学術研究の枠にとらわれない研究活動を行っています。大学には勉学や研究のための近代的な施設が整っており、すべての研究分野で世界水準かそれ以上の評価を受けています。タイムズ・ハイヤー・エデュケーションによると、マッコーリー大学は現在、世界の大学の上位1%にランクインしており、いくつかの分野でオーストラリアのトップをリードしています。大学のワルマッタガルキャンパスの緑豊かで広々とした自然の雰囲気は、皆さんにもきっと気に入っていただけると思います。
マッコーリー大学には、このSRL活動に積極的に貢献している二つの研究センターがあります。それは、オーストラリア医療イノベーション研究所の医療情報学センターと、コンピューティング学部の応用人工知能センターです。これらのセンターについてご紹介します。
医療情報学センター
医療情報学センター(CHI)では、AIとそれがケアモデルの変革やパーソナライズされた医療の提供に及ぼす影響に焦点を当て、医療におけるデジタル技術の応用を研究しています。同センターはオーストラリア医療AIアライアンスを組織し、デジタル医療における多くの大規模プロジェクトを主導しています。オーストラリアで最も長い歴史を持つデジタル医療の研究拠点として、CHIは主要な研究機関や政府と提携し、国内外の数多くの業界パートナーシップを結んでいます。CHIはインパクトのある研究成果を生み出し、最先端のAI手法の開発と実装に関する専門知識を有しています。
応用人工知能センター
応用人工知能センターはAIとプロセス自動化研究の分野で世界的に知られている組織です。業務オペレーションの改善を目指している同センターは、40を超える国内外の研究プロジェクトを立ち上げ、ビッグデータの理解とプロセス自動化、拡張、最適化への応用に関する革新的なソリューションを提供しています。センターの使命は、AIとその可能性に関する包括的な理解を促進することであり、重要な進歩は共同研究や先駆的な研究を通じて最もよく達成されるという信念に基づいています。
関連する研究領域
この二つのセンターは、AI技術、学術的専門知識、そして関連する実践的なスキルを独自に組み合わせて当ラボに提供しています。これにより独創的な研究とその実践を可能とし、ラボの野心的な目標である、ヒューマンセンシングと生成AI技術を用いたパーソナライズされたデジタルコーチングプラットフォームの開発を確実に達成できるようにします。これらの領域の一部には非常に革新的なものや、チャレンジングな応用を伴うものを含みます。ここでラボが対象とするいくつかの関連技術と研究分野について簡単にご説明します。
コーチング技術
デジタルコーチングは、ユーザーを効果的に指導し、推論や行動を支援・改善することを目的とします。これは人間の思考や行動に影響を与えるAIの開発を目的とする説得技術研究の包括的な目標と一致します [1]。この分野では、心理学、教育、コミュニケーション、デザインなど、それぞれで定評のある理論をデジタルの世界に適用・実装しています。人によるコーチングに対する当技術の特筆すべき利点は、ユーザー行動とのインタラクションを常に監視し、いつでもどこでもスケーラブルにその機能を提供できることです。
パーソナライズ技術
デジタルコーチが提供する絶え間ない支援は素晴らしいものですが、用途が異なればその長所や短所も異なってきます。そのため、適応的に機能を提供できるパーソナライズされた技術を導入し、個人の長所を活かし、短所を効果的に補う必要があります。パーソナライゼーションの研究は今日広く行われており、売り上げやエンゲージメント、インタラクションなどの向上を目的に、商業からソーシャルメディア、学習、エンタメなど、多くのオンラインアプリケーションで見ることができます [2]。私たちのラボでは、デジタルコーチングにパーソナライゼーションを取り入れることで、ユーザに合わせたコーチング介入(コンテンツ、言語、モダリティ、タイミングなど)を提供し、その効果を高めることを目指しています。
ユーザーモデリング
コーチングを効果的かつ正確にパーソナライズするには、ユーザー毎の長所と短所を理解しておく必要があります。これはユーザーモデリング研究の領域で取り組まれており、その名前が示す通り、デジタルシステムと対話する人間のユーザーを理解し、特徴づけるための様々な方法と手法を研究しています [3]。モデルは通常、ユーザーの活動、動作、好み、または対話から得られる情報をマイニングすることによって構築されます。ラボでは上記に加えて、映像から人の行動を高精度に認識・理解する富士通のVision AI技術を導入することが特徴です。
大規模言語モデル
人間の思考と行動のモデルが確立されたら、パーソナライズされたコーチング介入を生成する必要があります。ただしこれは、コーチングソリューションが展開されるユースケースや適用ドメインの広さを考慮すると、高度な専門知識を必要とする大変な作業です。このため、コーチングコンテンツの作成には生成AI、特に大規模言語モデル(LLM)の適用を検討します。膨大で多様な文書コーパスで事前学習された言語モデルは、様々なドメインの要件に対応し、プラットフォームの汎化に寄与します。さらにマルチモーダルな基盤モデルは、画像や映像など、より豊かなコンテンツを生成することができます。
ナレッジグラフ
私たちはこれら技術に知識を統合し、ナレッジグラフによる拡張機能を実装することで、コーチングコンテンツの生成を強化することを目指しています。ナレッジグラフ(KG)は現実世界のエンティティとそれらの間の関係を機械が解釈可能なグラフ構造で表現するロバストなセマンティックツールです。このデータベースは、生成AIモデルがどれほど大規模で高い表現力を有しても、その学習データには存在しなかったエンティティ間の関係を発見・補間するのに役立ちます。さらにKGは、企業データなどの特定ドメインにおける独自の知識も表現することができ、コーチングコンテンツの生成をさらに改善させることができます [4]。
開発中のコーチングプラットフォームの汎化性について触れておきます。当プロジェクトでは、開発した技術は可能な限り汎用性を持たせて、Fujitsu Kozuchiを通して提供することを目指しています。一方、異なるドメインには独自の要件や特異性があることを考えると、いかにそれを実現するかが鍵となります。汎化を高めるために、私たちは、パーソナライズされたコーチングのいくつかのドメイン固有のインスタンスからボトムアップに開発する方針をとっています。
AIによるコーチングで人々の活動を支える
本研究テーマの最初のユースケースとして、私たちは職場の安全衛生管理と患者のリハビリテーションを設定しています。どちらも人が監督やフィードバックをほとんど受けずに、同じような行動を繰り返すことが特徴です。これらはAI駆動型コーチの導入に適した環境と言えます。AIによるコーチングにより、実際の人のコーチがすぐに支援できない場合でも、より安全で健全的な行動に導くことができます。私たちは最近、ビデオ映像から人の行動を認識・理解し、ユーザーの質問に対して回答を生成するチャットAI技術を開発しました。これはFujitsu KG拡張Retrieval-Augmented Generation(RAG)技術として発表されています [5]。Fujitsu KG拡張RAGについては近日テックブログにてご紹介します。
現在、私たちは専門家や領域のエキスパートと協力して、デジタルコーチの要件や、その得意とする点を議論しています。AIコーチが開発されたら、専門家やエンドユーザーを対象とした現場実践を通して評価します。より多くのAIコーチを開発・評価したうえで、個々のケーススタディの結果を分析し、現実的な範囲で一般化できるようにします。
ご覧いただいた通り、Fujitsu Macquarie AI Research Labは野心的かつ革新的な共同研究の旅に乗り出しました。影響力のある産業界と協力関係を築くことはマッコーリー大学にとって重要事項であり、このようなパートナーシップは大学の研究者や学生にとって素晴らしい機会を生み出します。また富士通にとってもこの連携活動は大きな意義があります。才能あふれる人材へのアクセスを可能にし、国際的なアカデミアと協力し、世界的な課題を解決する可能性を秘めているからです。私たちはFujitsu Macquarie AI Research Labの成果が社会に大きなインパクトをもたらすことを楽しみにしています。
中心メンバー
教授 |
教授 |
リサーチフェロー |
リサーチフェロー |
客員准教授 (富士通研究所) |
参考文献
- Yu, K., Berkovsky, S., & Conway, D., et al., “Do I trust a machine? Differences in user trust based on system performance,” in Human and machine learning, 2018.
- Beheshti, A., Moraveji-Hashemi, V., Yakhchi, S., et al., “Personality2vec: Enabling the analysis of behavioral disorders in social networks,” in WSDM, 2020.
- Berkovsky, S., & Coiera, E., “Moving beyond algorithmic accuracy to improving user interaction with clinical AI,” in PLOS Digital Health, 2023.
- Beheshti, A., Yang, J., Sheng, Q.-Z., et al., “ProcessGPT: Transforming business process management with generative artificial intelligence,” in ICWS, 2023.
- Fujitsu Limited, “Fujitsu to provide the world’s first enterprise-wide generative AI framework technology to meet changing needs of companies,” Fujitsu Press Releases, 2024.