
こんにちは。デバイス&マテリアル研究センターの大津です。
10月初旬にノーベル賞が発表され、医学生理学賞、化学賞で日本人がダブル受賞するという嬉しいニュースがありました。ちょうど先週、ノーベル賞の授賞式があったところでして、記憶に新しいところです。ノーベル賞のニュースは科学技術を志す研究者として大変励みになります。ノーベル化学賞受賞の北川進先生(京都大学)はMOFという材料の開拓者の一人としてノーベル賞に選出されました。
本記事では、ノーベル化学賞を受賞した材料であるMOF(Metal-Organic Frameworks、「モフ」と読みます)について、10年来MOFを研究していた私から紹介します。たくさんある材料のうち、なぜMOFがノーベル賞に選ばれたのでしょうか?
MOFとは
MOFというのは物質材料の種類の名前ですが、金属イオンと有機物(配位子といいます)が組み合わさった構造体のことを指します。下図のように金属イオン-有機配位子という組み合わせが3次元的に整然と並んだものがMOFで結晶構造をとることがほとんどです。この材料の特筆すべき点は『細孔をもつ』場合が多いということです。下の図の左側がMOFの模式図、右側が実際のMOFの生成過程の例です。下図の左のように各頂点に金属や金属の集合体、辺に有機配位子がくることで、まるで建築物かのように構造が組みあがっていきます。

そうすると、図の並びからわかる通り、隙間ができて、それが細孔(pore)となります。北川進先生は下の写真にある清水の舞台に例えていましたが、まさにこのような建築物のような形となります。清水の舞台も段組みに隙間がありますね。これが分子レベルになったのがMOFです。つまり、この分子サイズの細孔はで二酸化炭素や小分子などがちょうど入る大きさになっています。そこで、細孔を持つMOFをPorous Coordination Polymer(PCP)という言い方をする場合があります。PCPというのは北川進先生のグループによる命名です。

MOFの良いところはその柔軟な設計可能性です。金属部分と有機配位子(有機分子)というのは取りうる可能性の組み合わせが大変多いので、欲しい機能(目的)にあったMOFを作ることができます。実際、MOF材料のデータベースが構築されていて、そこには4万種類以上のMOFが登録されています。
MOFってそんなにすごいの?
なぜMOFがノーベル賞を受賞するほど注目を集めたのでしょうか?それは、気体を操ることのできる新たな物質群だからです。先ほど述べたようにMOFには孔がありますので、その孔の中に気体を入れることができます。つまり気体の貯蔵材料になります。 MOFがすごいのは気体の貯蔵性能で、だいたいMOFを1g用意すればテニスコート60面分のガスを入れることができます。これは、ゼオライト等の他の孔の空いた材料ではできないことです。このため、気体を貯蔵する、運ぶ、貯蔵した気体を化学変換するなど、いろんな応用が考えれます。つまり気体を自在に操れるのです。このように新たなコンセプトを持った材料系となったからこそMOFがノーベル賞に選ばれたのでしょう。
MOFって何の役に立つの?
このように、MOFは気体を操るためのキーマテリアルになります。北川進先生はノーベル賞受賞講演の中で『空気は金だ』とおっしゃってましたが、MOFは空気中に遍在するとらえどころがなかった物質をしっかり捕まえるため、MOFは空気を資源化する役割を果たします。すなわち、空気中のCO2や水などを捕まえて資源とすることができます。だから空気は金だというのですね。
具体的には、MOFで空気中の温室効果ガスである二酸化炭素(CO2)の回収することができます。CO2は空気中で0.04%ほどと他の気体と比べるとその存在割合が小さいのですが、MOFの構造を工夫すれば、空気中からでもCO2が回収可能になります。さらにMOFを触媒として使えば、CO2を石油やアルコール等の有価物に変換することも可能です。 また、MOFは水の回収にも使えます。砂漠地帯では水資源の不足は深刻な問題となっていますが、MOFを使うと砂漠程度の低湿度の空気から水を回収することができます。このため、水のない砂漠で水を作ることができるんです。これは水不足に対する画期的な解となりえるものです。 下の図にコンセプトを示しましたが、このようにMOFは応用面でも非常に期待されている材料です。

他にもMOFはPFASの除去、有毒物の除去など環境応用が盛んです。また薬剤の輸送(Drug Delivery System)や環境センサなど様々な応用が試みられています。
また、MOF自体はきれいな結晶構造をもっていますので、結晶構造にならないもの(液体など)を入れ込んで、その分子構造を明らかにするといった分析的な使い方もあります。これは近年では結晶スポンジ法といって東大の藤田誠先生が盛んに研究しています。私はかつて、この方向の研究をしておりました。
北川進先生の研究
北川進先生はMOF材料の構造設計を進め、その隙間(細孔)に気体を貯蔵したり、その気体を放出したりできることを明らかにしたことでノーベル賞を受賞されています。今年のノーベル化学賞受賞者の他の2名の先生方はRichard Robson先生がMOFの可能性の提唱者、Omar Yaghi先生が安定で剛直な(静的な)MOFの開拓者です。北川進先生はどちらかというと柔らかく動的なMOFを開拓し、ガスに反応して構造が変わるなど、構造上面白いだけでなく、必要な時にだけガスを取り出せるといった実用にも役立つMOFを研究開発されています。北川進先生はもともと錯体化学の領域で研究をされてきました。個人的な話ですが、北川進先生が錯体化学会の会長を務めていた2012~2016年は私もちょうどMOF結晶内での不安定種の研究をやっていた時で、学会などでは北川進先生やその教え子の先生方に興味を持っていただいて大変光栄なことでした。
MOFの研究 と 富士通の研究
さて、MOFの研究そのものは材料研究ですが、富士通研究所の行っている研究と無縁ではありません。 先ほども述べたように、MOFが金属イオンと配位子からなる組み合わせ材料であることから、新しいMOF材料の候補は組み合わせ爆発系で大量になります。そのため、実験的にすべてをスクリーニングして合成することはできません。そこで、これまでは直感に頼って探してきた欲しい機能をもつ候補材料を、データベースや計算などを組み合わせて絞るMaterials Informatics(MI)手法の好適材料となっています。また、これも組み合わせ爆発による材料探索の困難さから、量子コンピュータによる材料探索の対象になっていたりします。これはMOFが組み合わせ爆発をもつから対象となっているだけでなく、MOFのもつ機能に対する期待が大きく、機能を最大限に引き出す材料探索をしたいということの現れでしょう。このようにMOFの研究は材料を相手にするところで富士通研究所の研究と縁があるのです。
さいごに
MOFは市場に出たばかりの材料ですが、今回のノーベル賞を機に世に浸透していくと思われます。MOFという新材料系が環境に果たすポジティブな役割が今後もさらに発展していくでしょう。ノーベル賞の授賞式のニュースを見て改めてそんな思いを感じました。
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MOFは錯体という物質分類です。昨年私が紹介した錯体化学会の記事を貼っておきます。北川進先生は錯体化学会の第10代会長です。ご参照ください。