Please enable JavaScript in your browser.

SC25に参加・展示しました#2 ~量子コンピュータと、そのアプリケーションに関する展示 - fltech - 富士通研究所の技術ブログ

fltech - 富士通研究所の技術ブログ

富士通研究所の研究員がさまざまなテーマで語る技術ブログ

SC25に参加・展示しました#2 ~量子コンピュータと、そのアプリケーションに関する展示

 初めまして、量子研究所の瀧田です。私は入社以来、光通信システム・ネットワークに始まり、以降、ネットワーク全般やエッジコンピューティング、そして最適化(量子インスパイアード最適化)と、様々な分野で研究開発に従事してきたのですが、2024年度より、量子コンピューティングとご縁ができ、現在は、このアプリケーションを創出する業務に従事しています。

はじめに

 SC25において、量子コンピュータ関連の展示を行いましたので紹介したいと思います。富士通は、2025年4月に、世界最大級の256量子ビットの超伝導量子コンピュータを開発[1]、2025年8月には、2030年までに1万物理量子ビット超の超伝導量子コンピュータ開発を目指す内容[2]で、それぞれプレスリリースをしており、本気で実用量子コンピュータに向けた研究開発に取り組んでいる会社です。今回は富士通の量子コンピュータ技術と、我々が考える量子コンピュータのアプリケーションの紹介を目的として、ハイパフォーマンス・コンピューティングのトップカンファレンスであるSC25の富士通ブースにおいて、技術展示しました。図1は富士通ブースの写真です。

図1 SC25での量子コンピュータ、及びアプリケーションの展示

SC25について

 毎年11月に米国で開催されるHPC(High Performance Computing, ハイパフォーマンス・コンピューティング)分野の最先端技術に関する国際学会・展示会です。今回は米国セントルイスの America's Centerで開催され、16,500人を超える参加者と・史上最多の559のブース出展があり大変盛況でした[3]。インテル、マイクロソフト、デル、AWSなど、コンピューティングに関わる大企業だけでなく、日本企業や大学も数多くブースを出展していました。HPCの会議なので、量子コンピュータ関連の発表や展示は全体から見るとまだ一部の印象でしたが、今後増えてくるものと期待されます。今回は、展示説明だけでなく、テクニカルセッションにも参加しました。想像していたよりも多くの量子コンピュータに関するセッションがありましたが、全体的に、量子コンピュータは、既存のCPUを置き換えるものではなく、スーパーコンピュータシステムにおけるアクセラレータと位置づけている発表が多かったように感じました。適材適所で、CPUや、GPUなどと共に、QPU(Quantum Processing Unit)を使ってコンピューティングを実行することになりますが、量子コンピュータのリソースはまだ限定的で、結果を得るのにも時間がかかるため、QPUと他の計算リソースとのスケジューリングの仕方などに関する議論などもワークショップではされていました。

量子コンピュータについて

 富士通ブースでの量子コンピューティング展示の目玉は、何といっても図1に写っている実物の1/2サイズの量子コンピュータのモックアップで大変人気でした。お客様の大多数は、「量子コンピュータって何なの?」との感じで来られたので、「この超高級なシャンデリアが、量子コンピュータです!」と説明すれば、つかみとしてOKの印象でした。実際、模型部品は金色でコーティングされており、下からのライトアップも手伝って、大変ゴージャスな見た目となっています。もちろん、この量子コンピュータの構造には理由があります。全体が金色なのは、金属の酸化を防止するためですし、他にも、エネルギー効率を最大限に良くしつつ、量子コンピュータのチップを絶対零度近くまで冷やすために、例えば増幅器の取り付け場所にしても、工夫して設計されています。構造の具体的なイメージや効果を図2に示す内容で説明することで、理解いただきました。

図2 緻密な熱設計のもとに実現される量子コンピュータ

 日本では、富士通が量子コンピュータの研究開発に真剣に取り組んでいることが知られてきていますが、海外ではまだまだです。実際、ブースに訪れる外国の研究者は富士通が量子コンピュータを研究開発していることを知らない人が多く、今は、富士通は量子コンピュータを稼働させているんだ!という点をアピールできる貴重な機会になりました。

量子コンピュータのアプリケーションとは?

 量子コンピュータは、革新的な新しい計算資源として期待されていますが、「量子コンピュータって何に使えそうなの?」という部分にも興味をもっていただくため、今回は、量子コンピュータで実現できると考えられる具体的なアプリケーションに関する展示を用意しました。図3に量子コンピュータを使ったアプリケーション実現に対する富士通の考え方を説明します。私たちは、量子コンピューティングが将来、社会を大きく変革する可能性を秘めていると確信していますが、量子コンピュータ単独で、世の中の多種多様な問題を解決するのは難しいと考えています。そこで「量子の強み」を最大限に引き出しつつ、既に実用化されている、「AI」や「最適化技術」、「スーパーコンピュータ」などの、富士通が得意とする技術を組み合わせる手法が有用と考えています。

図3 富士通が考える量子コンピュータを活用したアプリ実現のイメージ

 この一つの具体例として、今回は、早稲田大学の関根泰教授のグループとの共同研究で開発している、触媒探索アプリケーションの技術を紹介しました。触媒とは、化学反応を速めたり、特定の反応だけを起こさせたりする物質のことで、例えば図4の上の方で示しているように、有害な一酸化炭素を、無害な二酸化炭素と水素に分解するなどの用途でも使用されます。

図4 量子コンピュータを使って実現する触媒探索アプリケーションの全体像

 触媒反応は、物質の表面で進行するので、新しい触媒を開発する際には、候補物質がどのような表面構造を持ちうるのか、正確に理解する必要があります。まず最初のステップ(Step 1)で、結晶が取りうる表面構造を網羅的に探索するプロセスを行います。表面構造とは、図中の3Dモデルのように、物質を切ったときに現れる切断面の原子配列の形状のことですが、切る方向や場所が変わると、切り口の見え方が全く異なり、パターン数は膨大になります。触媒の研究では、切り口の構造を理解することが重要な一方、この膨大なパターンの抽出は、従来技術ではなかなか困難です。この部分に量子アルゴリズムを用いることで、複雑な触媒の表面構造を網羅的かつ効率的に探し出すことができることを共同研究で原理実証しました[4]。本ステップのデモソフトの画像イメージを図5に示しますが、実用量子コンピュータが登場して、本仕組みを活用できるようになれば、大規模な分子であっても様々な表面構造を簡単に計算で抽出できるようになることが示唆されます。

図5 量子コンピュータを使って実現する表面構造の計算のイメージ

 次に量子コンピュータの上記手順で探し出すことができたそれぞれの表面構造において、どのように物質の吸着が起きるかをシミュレーションします[5]。具体的なイメージを図6に示しますが、ステップ1で得られた各表面に対して、様々な条件での吸着シミュレーシ結果が、数多く得られていることがわかります。

図6 量子インスパイアード最適化を使って実現する表面吸着シミュレーション

 この一連の計算フローが実現すれば、これまで時間とコストをかけて行っていたプロセスの大部分を、実験ではなく、コンピュータシミュレーションで代替できるようになるのに加えて、データも膨大に集められるようになります。最終ステップで、これらのデータをAIに学習させれば、新たな触媒構造を推論できるとの期待がありますので、継続して研究開発を進めていきます。

 今回、未来の触媒探索アプリケーションのコンセプトについて、技術紹介しましたが、単に量子化学が計算できるだけではなく、具体的なアプリケーションを提案できていることは素晴らしい、とのフィードバックが得られ、有意義な展示になったのではないかと考えています。

おわりに

 今回、私は初めて量子コンピュータの展示員として、コンピューティング分野の国際会議に参加しました。コンピューティング分野では、量子コンピュータは、特定用途における計算アクセラレータとして期待されていますが、具体的にどのような用途で使えるのかまでの言及は難しい状態です。近年は、本実証の前段階となる「スーパーコンピュータと量子コンピュータをどのように連携しすれば実用的なシステムとなるのか」、という点に注目が集まっていますが、実際にワークするシステムを構築して実証できる段階になるまでには、地道な研究開発が必要と考えています。

 一方で、量子コンピュータに対する参加者の期待感はひしひしと感じることができました。今後も国際学会で、例えば「量子コンピュータは、触媒探索に使えます!」というように、具体的なアプリケーションをセットで訴求することで、量子コンピュータを使いたいと思う研究者仲間が増えれば、量子アプリケーションンの研究開発が加速できるのでは、と感じました。来年のSC26はシカゴで開催です[6]。来年も新たなアプリケーションが展示デモできるように、研究員が一丸となって研究開発を進めていきます。

参照

[1] https://pr.fujitsu.com/jp/news/2025/04/22.html

[2] https://global.fujitsu/ja-jp/pr/news/2025/08/01-01

[3] https://sc25.supercomputing.org/

[4]  Hiroshi Sampei, Tetsuya Mizuguchi, Koki Saegusa, Makoto Nakamura, Koichi Kimura, Yasushi Sekine, “Multidimensional quantum Fourier transform for nanosheet material evaluation by electron microscopy: a case of 2D pattern processing,” Physical Chemistry Chemical Physics, Mar.(2025)

論文へのリンク

[5]  Hiroshi Sampei, Koki Saegusa, Kenshin Chishima, Takuma Higo, Shu Tanaka, Yoshihiro Yayama, Makoto Nakamura, Koichi Kimura, Yasushi Sekine, “Quantum Annealing Boosts Prediction of Multimolecular Adsorption on Solid Surfaces Avoiding Combinatorial Explosion,” JACS Au, 3, 4, 991-996 (2023)

論文へのリンク

[6] https://sc26.supercomputing.org/