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fltech - 富士通研究所の技術ブログ

富士通研究所の研究員がさまざまなテーマで語る技術ブログ

Q2B23 Tokyo にて講演・展示を行いました!

 量子研究所でリサーチディレクターをやっております河口です。私たちの研究チームと佐藤所長は2023年7月19、20日にグランドハイアット東京で開催されたQ2B23 Tokyoにて展示・講演を行いましたので報告します。

 Q2Bは、2017年より開始された量子コンピュータのビジネス応用に関する国際会議と展示会で、毎年12月に米国のSilicon Valley(SV)で開催されています。昨年より米国外で初めて東京でもQ2B Tokyo として7月に開催されることになり、今年で2回目になります。量子研究所では、2021年に米国シリコンバレーで開催されたQ2B21 SVより参加しており、Q2B22 Tokyo、Q2B22 SVを経て今回が4回目の参加となります。今回も富士通は日本企業唯一のゴールドスポンサーとして参加し、量子分野での存在感を示しました。会期中は登録者ベースの352名、講演者、ゲストを含めると400名以上の参加者があり、量子に特化したイベントとしては、とても大きなものとなりました。富士通以外では、CLASSIQ、Q-CTRL、 riverlane、QUANTUM MACHINES、STRANGEWORKSなど、量子分野を牽引する海外のスタートアップが展示ブースを展開していました。その展示担当者を含む量子スタートアップ関係者は、富士通のブースに展示してあった、量子チップのサンプル品にとても興味を示し、富士通の量子技術と彼らの技術でシナジーが出せるのではないかと、たくさんのアプローチや会話を受けました。 会議で最も注目を集めるメインステージのセッションでは、量子研究所長の佐藤フェローが登壇し講演しました。「富士通における量子コンピューティング研究の最近の進展」のタイトルで、量子研究所の量子コンピューティング研究開発状況について 、昨年からの進捗を中心にハードウェア、アーキテクチャ、アプリケーションの面から、網羅的に講演されました。

図1 佐藤フェローメインステージ講演

 富士通展示ブースでは、理研RQC-富士通連携センターで研究開発中の超伝導64量子ビットチップに加えて、量子研究所と共同研究を実施しているデルフト工科大学から、ダイヤモンドスピン量子向けの実装テストチップを今回初めて展示しました。ダイヤモンドスピン量子は、私がメインで担当しているテーマで、今回のテストチップ初出展に向けてデルフト工科大学の石原先生と一緒に準備を進めてきました。その石原先生もオランダより来場され、私を含む量子研究所の研究員と一緒に展示ブースで技術説明を行いました。その内容について、簡単にご紹介します。

図2 富士通技術展示ブース

 ダイヤモンドスピン方式は、ダイヤモンド中のカラーセンター(窒素原子N-空孔(Vacancy, V)の複合体であるNVセンターやスズ原子Sn-空孔の複合体であるSnVセンターなど)を量子ビットに用います。ダイヤモンドカラーセンターを用いたスピン量子ビットは、量子状態の保持時間が長いこと、超伝導量子ビットのような、ミリケルビンレベルの大規模な冷凍機が不要であることから、将来の大規模化に向いた方式として、量子研究所では注目しており、研究開発を推進しています。  ダイヤモンドスピン方式では、図3のように、カラーセンターの電子スピンおよび核スピンと、その近傍の13C炭素同位体の核スピンとを組み合わせることで、約10個程度のスピン量子ビットからなる1つの量子モジュールを構成します。量子モジュール同士は、電子スピン量子ビットと量子もつれさせたフォトンを介して光接続することができます。本構成をモジュール型アーキテクチャと呼んでおり、超伝導方式と比較するとまだ先の技術になりますが、スケーラビリティに優れた技術として研究しています。量子研究所は、ダイヤモンドスピン方式のモジュール型アーキテクチャからなる量子コンピュータ実証に向けた研究開発を、デルフト工科大学(TU Delft/QuTech)と共同で進めています。具体的には、5つの13C核スピン量子ビットに論理量子ビットを符号化し、NVセンターの電子スピンと14N核スピンの2量子ビットを測定に用いる方式の1論理量子ビットを形成しました。その論理量子ビットは、誤り耐性をもつように形成、操作できることを実験的に示しています。その成果は、2022年にデルフト工科大から英国科学雑誌Natureの学術論文として採択され、既に掲載されています[1]。

図3 ダイヤモンドスピン量子モジュールの模式図

 ダイヤモンドスピン方式のモジュールは光量子によって接続できるので、拡張性に富んだ量子コンピュータハードウェア技術として期待されています。ダイヤモンドスピン方式で、量子ビット数の大きなシステムを構築するには、モジュール型アーキテクチャをチップ上で実現する必要があります。モジュール間の光接続には、光導波路が用いられますが、経路を切り替える光スイッチや量子ビットの状態を測定する光子検出器など、実際の光接続には多くの光部品が必要です。しかし、ダイヤモンドの結晶は合成が難しく、現状は十分なサイズの基板は得られせん。このため、ダイヤであることが必須条件となる量子モジュール部分だけを小さなダイヤ結晶で作り、その小さなチップを、光導波路チップや別の光回路チップを同一基板上に組み合わせて実装することで、量子プロセッサチップを作っていきます。

図4 ダイヤモンドスピン方式のモジュール型アーキテクチャ

 TU Delft/QuTechでは、光回路部分を担う窒化シリコン(SiN)光導波路の上に、ダイヤ光導波路チップを、光が損失少なく伝播するように、高精度で位置合わせして実装するピック&プレース技術を開発し、ヘテロ実装チップの形成に成功しました。光導波路の幅は数百ナノメートルで、それが16本アレイ状に並んでいます。その1本1本に対して、SiNとダイヤの光導波路がつながるように載せられています。ダイヤチップは16本分が1ユニットになっていますが、それでも全体の大きさで僅か数十マイクロメートルと小さなものです。展示ブースでは、ダイヤモンドスピン方式のモジュール型アーキテクチャを示す大型模型と一緒に展示しました。多くの来場者の方々に興味を持っていただくことができました。

図5 ダイヤモンドスピン量子モジュールの光接続技術

 今後の展開ですが、ダイヤモンド内のカラーセンターを発光させ、そのフォトンをSiN光導波路に伝送することを実証して、このヘテロ実装チップの価値を示していきます。さらには、開発ステップとして重要なマイルストーンであるチップ上でのダイヤモンドスピン量子モジュールの光接続実証に向けて、2つの量子モジュールからのフォトンを量子もつれさせることを目指します。

[1] M. H. Abobeih et al., Nature 606 884-889 (2022). www.nature.com