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fltech - 富士通研究所の技術ブログ

富士通研究所の研究員がさまざまなテーマで語る技術ブログ

Fujitsu Quantum Day に現地参加しました!

こんにちは、量子研究所で量子アルゴリズムの研究をしております金杉翔太です。今回は2024年1月25日にオランダのデルフトで開催された富士通初のグローバル量子コンピューティングイベント 「Fujitsu Quantum Day」についてご紹介します。

Fujitsu Quantum Dayの概要

Fujitsu Quantum Dayは今年度初めて開催された、富士通主催の量子コンピュータに関するグローバルイベントです。富士通は2023年10月には日本企業初となる超伝導量子コンピュータ実機を理化学研究所(理研)と共同で公開するなど、日本国内においては量子コンピュータベンダー企業としての知名度を向上させつつあります。しかしグローバルに見ると、IBMやGoogleなどのメジャーベンダーに比べて、まだまだ量子コンピュータベンダーとしての認知度が低いのが現状です。そこで、海外で富士通主催の量子イベントを開催し、グローバル市場における富士通の量子ベンダーとしての知名度向上を目指して開催されたのが「Fujitsu Quantum Day」です。記念すべき第1回は、2020年より富士通とダイヤモンドスピン量子ビットに関する共同研究を行うオランダのデルフト工科大学近郊にあるDe Oude Bibliotheek (DOB) Academyで開催されました。 日本と欧州の社内関係者に加えて、国内外の量子研究者、アナリスト、メディア関係者など総勢128名が参加しました。内容としては、量子コンピュータ研究に関するシンポジウムやメディアセッション、ポスターセッション、量子技術デモ展示などが行われました。私自身はポスターセッションに発表者として参加しました。以下、各イベントの概要についてご紹介していきます。

図1 会場となったDOB Academy(デルフト工科大学の旧図書館を改装したコミュニティスペース)の様子

量子シンポジウム

メインイベントとして開催されたのが量子コンピューティング技術に関するシンポジウムです。このシンポジウムでは共同研究で富士通と繋がりの深い世界的な研究者8名が登壇し、量子コンピューティング技術の詳細や量子コンピュータの展望、そして富士通との共同研究成果について発表されました。具体的には、量子ハードウェア、量子ソフトウェア、量子アプリケーションの3領域の講演が行われました。プログラムと講演者の詳細についてはこちらをご覧ください。

量子ハードウェア領域では、富士通が開発に取り組む2種類の量子コンピュータハードウェアに関して、計4件の講演がありました。まず理研の中村教授が超伝導量子コンピュータについて講演されました。量子コンピュータのハードウェア方式は様々なものが提案されていますが、その中で現在主流のものがこの超伝導方式です。IBMやGoogleなどのメジャーベンダーが開発している量子コンピュータや、富士通と理研が共同開発した国産量子コンピュータもこの超伝導方式を採用しています。講演では、超伝導量子コンピュータ実現までの研究開発の歴史や、超伝導量子ビット技術の詳細について解説されました。 次に、デルフト工科大学のTaminiau教授、Hanson教授、石原教授からダイヤモンドスピン量子ビット技術に関する3件の講演がありました。ダイヤモンドスピン方式は、超伝導方式と並行して富士通がデルフト工科大学と研究開発を進めているハードウェア方式で、ダイヤモンド中の格子欠陥(カラーセンター)を量子ビットとして用います。超伝導方式に比べるとエマージングな技術ですが、超伝導方式よりも量子状態の保持時間が長く、高温で動作可能という利点があります。講演では、ダイヤモンドスピン方式の大規模化に向けた基礎技術研究の取り組みについて紹介されました。

量子ソフトウェア領域では、量子コンピュータにおいて最大の課題となっているエラーを訂正/緩和する技術に関して、2件の講演がありました。まず大阪大学の藤井教授から量子エラー訂正技術に関する講演がありました。量子エラー訂正は、多数の物理量子ビットを用いて1つの論理量子ビットを表現することで、量子計算の過程で発生するエラーの訂正を可能にする技術です。大量の物理量子ビットを用いるため現在の量子ハードウェアで実装することは困難ですが、実用的な大規模計算が可能な「誤り耐性量子コンピュータ(FTQC)」の実現において必要不可欠な技術です。講演では、量子エラー訂正の技術的詳細や最近の動向の解説に加えて、富士通との共同研究成果(デジタルアニーラを用いた量子エラー訂正操作の効率化、Early-FTQC向け量子計算アーキテクチャ)が紹介されました。 次に、Keysight/Waterloo大学のEmerson教授から量子エラー緩和技術に関する講演がありました。量子エラー緩和は、エラーのある量子コンピュータで複数回の計算を行い、その計算結果を古典コンピュータを用いて処理することで、エラーのない真の計算結果を予測する技術です。測定回数が問題サイズに対して指数的に増大するという問題はあるものの、量子エラー訂正と異なり多量の量子ビットを用いないため、現在の小規模な量子ハードウェアでも実装可能です。講演では、量子エラー緩和技術の概要や今後の展望、および量子エラー緩和手法の1つである Randomized Compiling に関する富士通との共同研究成果について解説されました。

量子アプリケーション領域では、量子コンピュータを用いたアプリケーション開発に関連して2件の講演がありました。まずはバルセロナスーパコンピュティングセンターのGarcia氏から、古典コンピュータ上での量子回路シミュレーションに関する講演がありました。テンソルネットワーク法を用いて、大規模な古典コンピュータ(スーパーコンピュータ)による量子回路シミュレーションを効率的に実行する方法が解説されました。これにより、複雑かつ大規模な量子アルゴリズムのシミュレーションが古典コンピュータ上で可能となり、量子コンピュータを用いたアプリケーションの研究開発が加速すると期待されています。 次に、デルフト工科大学のMöller教授から、量子コンピュータを用いた流体力学シミュレーションに関する講演がありました。産業的にインパクトの高い航空機開発のための流体力学シミュレーションにおいて、量子コンピュータの有効性が議論されました。特に流体力学方程式の1種である格子Boltzmann方程式を解くための量子アルゴリズムに関して、富士通との最近の共同研究成果が紹介されました。

図2 シンポジウム講演の様子

メディア向けイベント

本イベントではシンポジウムと連動してプレスリリース発表、およびメディアセッションも開催されました。プレスリリース発表内容は以下の2つになります。

デルフト工科大学との連携強化

富士通とデルフト工科大学は、2024年1月25日より量子コンピューティング技術の発展に向けた産学連携拠点「Fujitsu Advanced Computing Lab Delft」をデルフト工科大学構内に設立し、両者の連携をさらに強化していくことを発表しました。富士通は2020年10月よりダイヤモンドスピン量子ビット技術に強みを持つデルフト工科大学との共同研究に取り組んできました。今回さらに産学連携拠点を設立することで、ダイヤモンドスピン量子コンピュータの実現に向けた研究開発を加速するとともに、流体計算分野における量子コンピューティング技術の応用に向けた研究も進めていくことが発表されました。会場ではデルフト工科大学学長とマハジャンCTOの共同登壇によるメディア発信が行われました。詳細はプレスリリース記事をご覧ください。

Quantum Simulator Challenge 表彰式

富士通は2023年2月から9月にかけて、39量子ビットの量子コンピュータシミュレータを活用して量子アプリケーション開発の成果を競うコンテスト「Quantum Simulator Challenge」を実施しました。本コンテストには世界各地のスタートアップや大学から全43チームが応募し、その中で書類選考を通過した20チームが39量子ビットシミュレータを用いたアプリケーション開発の成果を競い、審査の結果4チームの受賞が決定しました。受賞チームと受賞内容詳細に関してはプレスリリース記事をご覧ください。Fujitsu Quantum Dayでは受賞4チームに対して表彰式が行われ、総額10万米ドルの賞金が授与されました。また翌日1月26日にはデルフト工科大学構内にて、受賞4チームから受賞内容に関するプレゼンテーションが行われました。

図3 左:デルフト工科大学学長とマハジャンCTOによる共同登壇の様子、右:Quantum Simulator Challenge 表彰式の様子

ポスターセッション、量子技術デモ展示

シンポジウムやメディアセッションと並行して、ポスターセッションと量子技術デモ展示も行われました。 ポスターセッションでは、富士通からは私とデルフト駐在研究員の石黒さん・岩井さん、デルフト工科大学からは4名の学生が参加し、量子コンピューティング研究に関するポスター発表を行いました。 デモ展示ブースでは富士通の量子コンピューティン技術として超伝導64量子ビットチップ、ダイヤモンドスピン量子ビットのモックアップ、量子回路シミュレーションゲームなどが展示されました。

図4 左:ポスター発表の様子、右:量子技術デモ展示の様子

QunaSysとの共同研究成果の発表

最後に、私自身のポスター発表内容についてご紹介します。 私達の研究チームでは、2022年度より量子コンピュータ向けソフトウェア開発に強みを持つスタートアップの株式会社QunaSysと連携して、実社会問題への応用を目指した量子アルゴリズムの研究開発に取り組んでいます。特に本共同研究では、量子コンピュータによる計算高速化が有力視されている材料科学分野(電池、触媒、新素材、創薬など)の問題をターゲットとし、近い将来に実現可能な小~中規模量子コンピュータ向けに革新的アルゴリズムの提案を目指しています。 今回のポスターセッションでは、2022年度の研究成果である "Computation of Green's function by local variational quantum compilation" について発表しましたので、以下で内容を簡単に解説します。なお、本研究成果に関しては既に論文プレスリリースを公開していますので、詳細についてはそちらもご覧ください。

背景

量子コンピュータが古典コンピュータに比べて非常に高速な計算を実行できると考えられている問題の1つに「量子多体系」のシミュレーションがあります。量子多体系とは、電子や原子などのミクロな粒子が多数集まった物理系のことで、実世界では分子や固体結晶などがこれに該当します。量子多体系の性質を高速にシミュレーションできれば、新素材や高機能デバイスなどの開発にかかる金銭的・時間的なコストを大幅に削減できるため、特に材料科学分野において大きな恩恵が期待されています。

このような量子多体系のシミュレーションを実現する際に、具体的に重要となるのが「グリーン関数」という量の計算です。グリーン関数は、物質中に存在する電子同士の相互作用を表現する量で、これを基にして電気抵抗や熱応答など実用上興味のある様々な物性値を計算することができます。 しかし、古典コンピュータを用いて現実の物質に対するグリーン関数を計算することは非常に困難なため、量子コンピュータを利用したグリーン関数の計算手法が近年活発に研究されています。

研究成果

本研究ではQunaSysが2022年に理研・大阪大学と共同で開発した「局所変分量子コンパイル(LVQC)」という手法を応用し、量子コンピュータ上で効率的にグリーン関数を計算する新規アルゴリズムを提案しました。 LVQCは、量子コンピュータ上で大規模な量子多体系のシミュレーションを実行する際に、必要となる量子回路のゲート操作回数を(計算精度を落とすことなく)削減する手法です。具体的には、シミュレーションしたい量子多体系を小さな部分系に分割し、その部分系に対して古典コンピュータ(あるいは小規模な量子コンピュータ)を用いたある種の変分最適化計算を行うことで、量子回路のリソース削減を実現します。

本研究ではまずLVQCの理論的枠組みを拡張し、原論文ではあらわに考慮されていなかったフェルミオン系(電子などのフェルミオンを含む量子多体系、具体的には分子や固体結晶など)に対してLVQCが適用可能なことを証明しました。そして、この拡張されたLVQCに基づいて決定した量子回路を用いて、大規模な量子多体系のグリーン関数を量子コンピュータ上で計算するアルゴリズムを提案しました(図5)。

図5 本研究で提案したグリーン関数計算手法の概要

さらに古典コンピュータを用いた量子回路シミュレーションを行い、1次元と2次元のFermi-Hubbard模型(高温超伝導体などの強相関電子系を記述する理論模型)に対して本手法の有効性を数値的に実証しました。具体的に、古典コンピュータで厳密計算可能な限界に近いサイズである4×4サイト格子(32量子ビット)までの模型に対して、本手法を用いてグリーン関数および状態密度(グリーン関数から求まる代表的な物性値)を高精度に計算できることを示しました(図6)。 さらに、古典コンピュータでの厳密計算ができない20×20サイト(800量子ビット)のFermi-Hubbard模型に対して、本手法を適用した場合に必要な量子ゲート数を具体的に見積もり、従来手法のTrotter分解アルゴリズムに比べて必要な量子ゲート数が大幅に削減できることを明らかにしました。

図6 数値シミュレーションの結果

本提案手法を用いれば、従来手法よりも少ないリソースで、量子コンピュータを用いたグリーン関数計算を実行できます。上述のようにグリーン関数は様々な物性値と結びついているため、量子コンピュータで大規模系のグリーン関数を効率的に計算できるようになれば、材料の物性解析や素材開発など幅広い応用が期待できます。 とはいえ、現在、あるいは近い将来の小~中規模量子コンピュータ(量子ビット数が100~1万程度)で実応用レベルの物質シミュレーションを実行するのは、本手法を用いたとしても計算リソース的に厳しいのが現状です。 今後の展望としては、物質の性質や量子ハードウェア実機の特性など活かしてさらに計算リソースを削減したアルゴリズムを開発し、量子コンピュータによる実用的な物質シミュレーションの実現を目指していきます。

おわりに

入社2年目にして、このような記念すべきイベントに参加させて頂けたことは大変光栄でした。特に今回のようにビジネスと研究が絡むグローバルなイベントに参加したことは初めてだったので、全てがとても新鮮な体験でした。本イベント参加を通して、富士通がグローバルな量子コンピュータ市場で本気で戦おうとしていることが改めて実感できたので、研究のモチベーションも高まりました。

また、今回の出張ではFujitsu Quantum Dayに合わせて学会参加や関連研究所訪問をしたこともあり、多くの方々と新たに出会うことができました。コロナ禍を経て対面交流の機会は少なくなってしまっていたので、現地で社内外・国内外の多様な方々と議論や対談をできたことはとても貴重な経験になりました。

今後もこのようなグローバルイベントや国際学会には積極的に参加して、研究活動だけでなく、富士通の量子コンピュータ業界におけるプレゼンス向上にも貢献していきたいと思います。